見栄えの悪いミカンだけを加工ジュースに回すという常識を覆して大成功したミカン農家がある。温州みかん産地の和歌山県有田市で株式会社早和果樹園を経営する秋竹新吾さん、70歳。味のいいミカンを加工しジュースにすれば間違いなくビジネスになると考えた。共通の問題意識を持つ7人の農業者仲間に働きかけ、企業経営化に踏み出したら、これが大当たりだった。
早和果樹園を創設した際、和歌山県やJAありだの「味一みかん」ブランド品のうち、糖度12度以上、全生産量の数%という優良品質の生食用ミカンのジュース加工に照準を合わせた。そして糖度の高い加工ジュースを「味一しぼり」という形でブランド化するため、「味一しぼり」の名前で商標登録し、生産に踏み切った。
2003年にはプロ評価を得た。ある有名ホテルの料理長が、和歌山県庁関係者と一緒に秋竹さんの現場見学に来て試飲した際、「30年間、調理にかかわっているが、こんなに味のいいものはない」と評価してくれた。しばらくして大手デパートのバイヤーも同じ評価だったので、これらプロの評価で成功を半ば確信した、という。
秋竹さんは「発想の転換にはリスクが伴います。でも、私たちは、産地有田が誇る高糖度で優良品質のミカンの加工ジュース化に自信がありました。他のジュースと比べて割高な720㍉㍑1260円という価格設定をした際、『お酒よりも値段が高くて売れると思っているのか』との声が出たのは事実です。でも、価格設定は大手デパート・バイヤーのプロ・アドバイスに従ったもので、心配していませんでした」という。
市場で認知や評価を得るため、日本政策金融公庫主催のアグリフードEXPOという生産者とバイヤーとのマッチング・イベントに積極出展した。「伊勢おかげ横丁」など観光客が集まる全国のさまざまな場所や地域市場に積極参加、試飲してもらい着実に手応えを得た、という。
「味一しぼり」以外に「飲むみかん」などジュース加工品のラインアップを拡げ、海外展開を活発に行う予定だ。中でも、日本食文化人気が着実に広がりを見せる海外への輸出に意欲的だ。生食ミカンだと冷凍保存での輸送方法もあるが、輸送期間中の品質維持に工夫が必要でコストがかかる。
秋竹さんは、ジュースなど加工品ならばそのハンディが少ないと考え、アジアの富裕層などをターゲットに本格輸出をめざす。早和果樹園はすでに香港、台湾、シンガポール、マレーシアのアジア各国、それにオランダ、ドイツなど9か国・地域に輸出している。
情報通信技術(ICT)を活用した高品質みかん栽培の実験にも取り組んでいる。4年前からコンピューターメーカーの富士通と一緒にICT導入実験にチャレンジ、生産現場でデータ管理を通じ果樹農業の「見える化」をめざしている。
秋竹さんは「私たちは露地以外のハウスでのミカン栽培にも取り組んでいますが、温度管理や水管理はじめ糖度チェックなどのためにはICTが重要です。導入をきっかけに、コスト意識がますます明確になりましたし、私たちのワークスタイルも大きく変わりました。オーバーに言えば革命的な変化です」とうれしそうに語っていた。
ワークスタイルの変化というのは、作業員全員がスマートフォン片手にミカンのほ場を回って生育状況、具体的には葉や幹の状況、病害虫の有無を調べ、異変があれば写真撮影、そして問題個所が特定できるように木についた番号をデータ入力し、あとは本部で画像を引き出して分析、必要に応じて対策判断することだ。スマホの活用でデータが瞬時に多くの人に共有され、勘に頼っていた農業生産の枠組みを大きく変えた、というわけだ。
早和果樹園の経営手法に若者が強い関心を持ち始めた。昨年と今年の2年間だけで大学卒6人、短大卒3人の9人が入社した。「いずれも和歌山県出身で千葉大、三重大、和歌山大などの農学部や園芸学部で学び果樹の現場で新しい農業にチャレンジしたい、という目標を持っているうえ、ICTなどに習熟しているので、うれしい限りです」という。農業を成長産業とみなす若者が確実に増えている。