アーツ証券などが販売したレセプト債(診療報酬の買い取り請求権をもとにした証券化商品)が償還不能になり、200億円を上回る投資家の資金が消えた事件。1400億円以上が消えた2012年のAIJ投資顧問の事件に相似形の事件だ。
証券取引等監視委員会の調べによると、レセプト債を発行したファンド側が債権の買い取り額を大幅に水増ししていた。それを元に虚偽の決算書を作成し、それを説明資料にしてアーツ証券など全国の証券会社7社が高齢者など個人投資家に販売していた。
水増し額は100億円以上に達し、実際に買い取った「診療報酬の買い取り請求権」の金額の16.5倍となっていた。水増しの割合は多額の年金資金を消失させたAIJ投資顧問の倍だった。証券会社各社が投資家に説明した「裏付けの資産があるから安心」というセールストークは真っ赤なウソだった。
証券取引等監視委員会は8日に金融商品取引法違反(虚偽告知など)の疑いで、アーツ証券や社長の自宅など関係先の強制調査に着手した。これまで外部からの情報をもとに関東財務局がアーツ証券に対して検査したが、不正の決定的な証拠はつかめていなかった。しかし、昨年10月からは監視委本体が同社に立ち入り検査に乗り出した。その過程で、残高の水増しやファンド資金の流用が初めて判明した。
当局の本格的な検査を受け、まず、ファンドなど関係会社が昨年11月に破産を申し立てた。販売を手掛けたアーツ証券も1月末行政処分を受け、2月初めに破産を申し立てていた。
アーツ証券が販売していたレセプト債3ファンドは、いずれも残高の水増しが行われていた。最も水増しが大きかったのは、2004年6月から発行を開始した主力ファンド。発行残高は15年10月末で129億円だった。
当初の05年12月の段階で、同ファンドの残高は9億円。この時点で、診療報酬の買い取り額は1億円だったにもかかわらず、決算書上の残高は4億円と4倍に水増しされていた。
決算書のある直近の14年12月末の同ファンドの残高は122億円で、診療報酬の買い取り残高は7億円だったにもかかわらず、決算書上の残高は約116億円と16.5倍に水増しされていた。
監視委の調べによると、残る2ファンドは決算期が異なり一律に比較できないが、買い取り残高に対して、2.6~5倍まで残高が水増しされていたという。このため、監視委は当初から、投資家に虚偽の運用実績を示して、それを隠しつつ販売を続けていた疑いが強いとみている。
金融当局に出向経験のある弁護士によると、「虚偽の情報を示し、投資家にはそれを伏せて、契約を結ばせているので、契約の偽計の可能性が濃厚」という。
このほか検査で、アーツ証券はレセプト債以外の商品でも不適切な販売をしていたことが判明した。中小企業の資金繰りを支援する債券では、買い取った債権の半分程度が回収困難になっているにもかかわらず、問題が生じていないとの誤解を与える表示していた。
そのほか、米国の賃貸不動産からの収益に基づく債券では、投資先の決算書が作成されていなかった。決算書もなく実態を説明できないのにもかかわらず、実態を的確に把握しているかのような誤解を与える表示をしていたことが分かっている。
しかし、金融当局には、契約の偽計では立件したくない事情がある。契約の偽計を全面に打ち出すと、2012年のAIJ投資顧問の事件が連想され、マスコミに「第2のAIJ事件」と書きまくられてしまいかねないのだ。
AIJ投資顧問が破綻したケースは、金融当局にとっても忘れたくとも忘れられない前代未聞の事件だった。
AIJ投資顧問は「どんな市場環境でもマイナスにならない安定した運用実績」を謳い、同社傘下のアイティーエム証券が年金基金をターゲットに営業を展開。関東財務局によるアイティーエム証券への検査で問題は発見できず、被害が拡大していた。
12年1月の監視委本体による両社への立ち入り検査の過程で、受託資産の大半が運用損失で消失しているにもかかわらず、虚偽の運用実績で運用と営業を継続していたことが明らかになった。
アーツ証券と異なり、AIJのケースでは、監視委は検査で社外流出を確認できておらず、あくまで運用の失敗で資産が消失したとしている。
同社の水増しは、デリバティブ取引の損失が発生した04年3月期から始まり、直近の11年3月期は253億円しか資産がないのに、2090億円と8.3倍に水増ししていた。03年3月期から11年3月期までの運用損失額は1092億円にも達した。顧客から1458億円を受け入れていたが、検査時点で資産はほとんど残っていなかったという。
金融庁はAIJ投資顧問と傘下のアイティーエム証券に行政処分を下した。監視委は契約の偽計でAIJと両社経営陣らを刑事告発した。
警視庁捜査第二課が年金基金から約70億円をだまし取ったとして詐欺容疑で両社幹部4人を逮捕。その後、検察は偽計の罪に加え、詐欺罪に当たるとし、両社幹部3人が刑事責任を問われている(最高裁へ上告中)。
公判でも主犯のAIJ社長は「金商法違反は認めるが詐欺には当たらない」と主張していた。判決は、自ら資金を詐取したわけではないと認めたうえで、傘下の証券会社の口座に資金を移したことをもって詐欺罪が成立すると判断した。
アーツ証券の関係者へ捜査の追及がどこまで進むのか。AIJがきわめて重要な先例であるのは間違いない。
AIJさえ上回る、大幅水増しの手口 |
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【アーツ証券の闇・第二部㊤】偽りの決算書でレセプト債を販売
公開日:
(ビジネス)
Reuters
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谷川 年次(経済ジャーナリスト)
大手新聞記者などを経てフリーに。記者歴は約20年のベテラン。
企業不正や調査に関心。国会、金融庁、厚労省、年金、金融、資産運用などに詳しい。 |
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