やはり殺人事件だった――。
神奈川県警は、2014年11月から12月にかけて、川崎市の介護付き有料老人ホーム「Sアミーユ川崎幸町」で発生した3件の連続転落事故を再捜査。うち最初の11月4日に発生した87歳の男性の転落事故が、施設元職員の今井隼人容疑者(23)による殺害事件であったとして、15日、今井容疑者を逮捕した。
今井容疑者は、同年12月9日、86歳の女性が転落した事件と、同じく12月31日、96歳の女性が転落した事件についても、県警の調べに対し、殺人容疑を認める供述をしており、老人ホームで発生した前代未聞の連続殺人事件の容疑者となった。
3人の被害者は、いずれも要介護2から3の認定患者で、立ち上がりや食事、入浴や排泄に介助が必要な人たちである。そんな老人が、自ら1メートル20センチのベランダの手すりを乗り越え、転落して死亡するなどありえない。それも2ヶ月に3件という異常事態だった。
ところが「Sアミーユ川崎幸町」が川崎市に提出した「事故報告書」によれば、会社も警察も事故処理で済ませ、事件を疑った様子はない。
介護スタッフが、目配り援助の為、訪室したところ、ベランダの窓が空き、カーテンが揺れており、スタッフが探すと、ベランダ直下の裏庭に「左側臥位」で倒れている様を発見、救急車を呼び、その後病院に到着したものの死亡が確認。警察による現場検証の結果、事故による転落が原因――。
多少の表現の違いはあるが、3件とも、このように処理され、まともに現場検証は行われなかった。3人とも要介護に加え、認知症や記憶障害があったということで、施設(会社)も警察も報告を受けた行政(川崎市)も、殺人を疑わなかったわけで、不作為と言うしかない。
今井容疑者は、いずれの時間帯にも勤務していた唯一の職員で、「3連続事故死はあまりに不自然」と、1年以上も経って、県警が「転落死」から「不審死」に切り替えて再捜査。その結果、昨年9月、マスコミが今井容疑者に殺到したが、同容疑者は、囲み取材に応じて、「悲痛な思いですが、私は突き落としていない」と、容疑を否認していた。
最初の転落死を疑っていれば、第2、第3の殺人事件は発生しなかったわけで、そこに老人の尊厳に配慮しない関係者の“空気”があったとすれば、それを再考、教訓とすべき事件となった。
同時に、この事件を機に、「Sアミーユ」を傘下に抱える介護業界第3位のメッセージ(ジャスダック)が、厚労省から業務改善勧告を受け、社長と会長が辞意を表明。今年に入り、損保ジャパン日本興亜ホールディングスがTOBを実施、第2位の介護事業者となったことは特筆すべきだろう。
メッセージは、医者であった橋本俊明前会長が、介護の現状を改善しようと設立、M&Aを重ねて急成長した。だが、そのひずみがサービスの質の低下につながり、3連続転落死を機にした調査の結果、数々の虐待が発覚、橋本氏は責任を取った。その受け皿となった損保ジャパンは、昨年12月、ブラック企業批判を受けて介護事業を投げ出した居酒屋大手・ワタミ子会社の「ワタミの介護」を買収しており、わずか半年で介護業界2位に躍進している。
そういう意味で、川崎老人ホーム3殺人事件は、老人を無意識のうちにものと見てしまいがちな我々に反省を促すとともに、儲け主義に走った介護業界再編のきっかけとなった。それを今後も忘れず、肝に銘じるべきだろう。