ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は先週木曜日(12月17日)、毎年恒例の年末大記者会見に臨み3時間以上にわたり熱弁をふるった。注目点の一つはトルコとの関係をどうするかであった。11月24日にトルコの戦闘機がシリア上空でロシアの爆撃機Su-24を撃墜した。プーチン大統領は「トルコ指導部と理解を共有することは大変難しい。ロシア・トルコ関係が改善する見通しはない。その可能性はない」とぶっきらぼうに述べ、撃墜を「敵対行為だ」と強く批判した。
18日には国連安保理がシリア紛争の政治的解決を目指すとの決議を全会一致で採択、紛争の行方に影響力を持つ米ロが歩み寄った。この決議は10月末からウィーンで関係17カ国の外相がたびたび会合を開き合意したことが基礎になっており、和平の機運も見え始めた。しかし、トルコのレジェップ・タイップ・エルドアン政権とロシアの関係の急速な悪化でシリア紛争をめぐる情勢は一段と複雑化、関係国、さらには武装勢力の思惑が極めて複雑に交錯し、楽観することはまったくできない。
撃墜事件から4週間が経ち、トルコが待ち伏せ攻撃を仕掛けた可能性のあることが明らかになってきた。だが、なぜそうしたかについては様々な見方がある。
プーチン大統領はトルコが過激派組織「イスラム国(IS)」との石油取引の利権を守るためロシア機を撃墜したと指摘した(11月30日、パリでの会見)。ISは石油をトルコ国境に近いシリア北部を通過してトルコに密輸し収入を得ており、その密輸にエルドアン大統領の息子ビラル・エルドリアンが関係している、ロシア軍機の空爆がこの密輸経路を危うくしているため撃墜したというのだ。
もしそうであれば、一大スキャンダルだが、トルコ側はもちろん否定している。
トルコはロシア機がたびたび領空侵犯を繰り返し、警告を与えたのに従わなかったので撃墜したと主張している。
トルコの地政学的意図の分析を踏まえた有力な説明が浮上している。トルコにとって最も重要な安全保障問題はクルド人対策と言われる。クルド人は国内にも居住するが、国境を越えたシリアにもいてトルコを攻撃してきた。このためトルコはシリア側国境地帯からクルド人武装勢力を排除しようとしてトルクメン人を味方にして武器を供与するなど支援してきた。
フランス人ジャーナリスト、チエリー・メサンによると、この地帯をロシア軍機が空爆し始め、トルコは言わば自らの縄張りにロシアが入り込んだことに反発、ロシアを追い出そうとしたという。
だが、今はロシアがシリアに最新鋭の地対空ミサイルS-400を配備、さらに爆撃機には戦闘機を随伴させ、シリア北部の国境地帯を掌握しているから、ロシア機撃墜はトルコには逆効果となってしまった。
この一件はトルコにとってはクルド人の問題がISよりも最重要の安全保障問題であることを示している。ISは地域の多くの国にとって最も大きな脅威を与えていると思いがちだが、必ずしもそうではない。
サウジアラビアはISよりもイランの勢力拡張を警戒、イランにとってISは確かに敵だが、ほかにも敵はいる。シリアのアサド政権にとってもISは敵だが、ほかにも敵はいる。中東諸国中にはISよりも自国内の敵に大きな脅威を感じている政権が多い。
つまり、脅威についての認識が国によって異なり、対ISで連合を組みにくいという複雑な事情がある。
18日の国連安保理は、6カ月以内に「信頼できる、シリアの各層が参加する宗派的性格を持たない統治体制」を国連の支援のもとでつくり、新憲法制定の手続きを始め、18カ月以内に選挙を国連の監視下で実施するなどの目標を確認した。打ち出された紛争解決の行程表が実現するよう期待したいが、先行きの不透明感は払拭しがたい。
トルコの脅威はイスラム国よりクルド勢力 |
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【ロシアと世界を見る目】対イスラム国戦線、各国の思惑一致せず
公開日:
(ワールド)
撃墜されたロシア機=Reuters
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小田 健:ロシアと世界を見る目(ジャーナリスト、元日経新聞モスクワ支局長)
1973年東京外国語大学ロシア語科卒。日本経済新聞社入社。モスクワ、ロンドン駐在、論説委員などを務め2011年退社。
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