北朝鮮の核実験、事実上のミサイル発射に対して韓国政府は10日、南北交流協力事業である開城工業団地の全面中断に踏み切った。北朝鮮は反発し、工業団地の韓国側の資産を没収、「軍事統制区域」にすると宣言した。事業の再開は難しく、韓国は南北統一への重要な手がかりを失ったことになる。
開城工団が韓国で持つ意味は、われわれの想像以上だ。歴史は、対北朝鮮「包容政策」を打ち出した金大中政府時代にさかのぼる。
2000年8月、当時の現代グループと北朝鮮アジア太平洋平和委員会が工業団地開発で合意書を交換、2003年6月の敷地造成工事に入った。
2004年12月、「統一鍋」1000セットを皮切りに、生産が開始された。
操業中断前の開城工団には、靴、衣類製造など124社が入っており、5万4千人の北朝鮮労働者と800人の韓国側労働者が勤務していた。開業当初は、北朝鮮労働者には主に現物が支給されていたが、北朝鮮側の要望で、徐々に現金による給与支給が増えていった。
韓国のシンクタンク、現代経済研究院の報告書によると、過去10年間、北朝鮮側は、開城工団を介して3億7540万ドル(約420億円)を稼いだ。北朝鮮の外貨稼ぎとしては「天文学的な多さ」(韓国メディア)だ。北朝鮮は核開発に10億ドル、ミサイル開発には3億ドル程度をつぎ込んだとされ、北朝鮮にとって痛手なのは間違いない。
韓国側も、製品の売上などで32億6400万ドルの内需振興の効果があったという。
2013年には南北関係悪化の影響を受けて134日間、開城団地が閉鎖されたこともある。この時は、韓国との協議を経て約5カ月後に操業が再開されたが、今回は様相が違う。
事業中断の理由を説明した洪容杓統一相が、「開城工団で北朝鮮側に支払われた賃金が、大量殺傷武器開発資金として使われた関連資料がある」と明らかにしたためだ。
関連資料の内容は公表されなかったが、この発言通りだとすると、2013年3月7日採択された国連安保理決議案2094号に違反に当たる可能性が出てくる。
この決議は、国連加盟国に対して、北朝鮮の核もしくは弾道ミサイル計画に使われる大量の現金、金融、財産、資産の移転を禁じている。
韓国の専門家からは、「開城工団を将来再開しても、韓国が決議違反に問われる」と懸念する声がでている。入居企業も、再開を絶望視しており、事業中断による損害を補償し、代替工場用地を韓国政府に求めている。
南北の共同事業としては北朝鮮南部の金剛山観光事業もあった。筆者も2000年に参加したことがあるが、これも08年に韓国人観光客が北朝鮮軍に射殺されたことで中断に追い込まれた。
北朝鮮側は金剛山地区の韓国側資産を凍結・没収すると宣言し、金剛山ホテル、温泉閣などの施設、車両、ホテル備品などの物資を勝手に使用している。開城工団も、第2の「金剛山観光」として、このまま死滅してしまうだろう。
朴槿恵大統領は、将来の南北統一に向け、朝鮮半島平和プロセスを訴え、関与・支援と抑止のバランスを取ることを約束していたが、練り直しを迫られそうだ。
一方、4月の総選挙に向けた政権側の選挙対策だ、との批判も出ている。保守政権の流れをくむ朴槿恵大統領は、北朝鮮に断固とした姿勢を見せて、支持率を上げてきた経緯があるからだ。
いずれにせよ、統一に向けた手がかりを失ったことについて、国内の世論が割れ、賛否が激しくぶつかることになりそうだ。
韓国、開城閉鎖で統一への手がかり失う |
あとで読む |
韓国内、賛否で世論割れるだろう
公開日:
(ワールド)
開城工業団地へのゲート=Reuters
![]() |
五味 洋治(東京新聞論説委員)
1958年生まれ。中日新聞社入社後、韓国延世大学留学。ソウル支局、中国総局勤務を経て、米ジョージタウン大学にフルブライトフェローとして在籍。著書に「父・金正日と私ー金正男独占告白」など。
|
![]() |
五味 洋治(東京新聞論説委員) の 最新の記事(全て見る)
|