4日に調印式を迎えた環太平洋連携協定(TPP)には、日本や米国など12カ国が参加し、韓国やタイ、マレーシア、台湾なども参加に関心を示している。日本政府は、中でも台湾の動きを歓迎している。台湾を、経済面で中国から引き離せば、中国の強引な海洋進出にも歯止めの効果があると期待してのことだ。ただ、政府間協定の性格を持つTPPへの台湾参加は中国が強く牽制している。日本が表立って協力すれば、日中関係の新たな火種に発展する可能性もある。
台湾は、1月16日の総統選で、台湾の独立志向が強い民主進歩党(民進党)の蔡英文主席が圧勝した。これで中国との関係を重視する国民党からの、8年ぶりとなる政権交代が決まった。
安倍晋三首相と岸田文雄外相は蔡氏の総統当選が決まった直後、「台湾は基本的価値観を有する大切な友人」と、相次いで当選者に最大級の祝辞を送った。蔡氏は昨年10月に日本を訪問し、首相の地元山口を訪れている。
1月27日には、首相側近の古屋圭司元拉致担当問題相が、わざわざ台湾を訪問した。
古屋氏は、民進党本部で蔡氏と会った。この席で安倍首相の親書を手渡し、関係改善を約束するなど「親密ぶり」が際立っていた。
古屋氏に対して蔡氏が求めた中には、「台湾のTPPへの参加」が入っていた。古屋氏も「全面的な支援」を約束している。
台北に住み、民進党の事情に詳しいある日本人ジャーナリストは、台湾がTPP参加を熱望する理由を、「中国経済への失望感」と表現する。「台湾は、TPPを『自分たちの国際生存空間』と表現しており、経済活性化の切り札とみている」というのだ。
2008年に発足した馬政権は、10年に事実上の自由貿易協定(FTA)である「経済協力枠組協定(ECFA)」を中国と結び、経済関係強化を進めた。馬氏は、反日的言動も目立った。
しかし、「中国依存」の思惑は大きく外れてしまう。
現在、台湾の輸出に占める中国(香港含む)の割合は4割になるが、最近の中国経済失速のあおりで、昨年の台湾の実質GDP(域内総生産)は伸び率が0・75%(学術研究機関、中央研究院まとめ)にとどまり、下方修正を迫られた。
馬氏が約束した「年平均経済成長率を6%、失業率を3%以下、16年の平均所得を3万米ドル(約363万円)にする「633」政策は全て達成できなかった。
「中国依存では、格差が広がり、自分たちの雇用もままならない」と若者の間に危機感が募った。「自分たちは中国人ではなく、台湾人」という自意識も高まっている。
TPP協定発効後の新規参加は、日米など12カ国の支持が必要となる。中台関係に詳しい凌星光・福井県立大名誉教授は「安倍政権は、台湾を『中国包囲網』に加える思惑だろうが、台湾のTPP参加は簡単ではない」と話す。
台湾は2001年、世界貿易機関(WTO)に中国と同時加盟を果たしている。ただ中国は、日米が主導するTPPへの台湾の参加については、「一つの中国」の原則に背くものと神経を尖らせており、「参加阻止に向け、強い圧力をかける」(凌氏)という。
「日中関係は、すでに歴史認識、領土問題、安全保障政策の3つの点で対立しているが、TPP加盟で民進党政権に肩入れすれば、関係悪化は避けられない。米国の姿勢はまだはっきり分からないが、最終的には中国の意向を受け入れ、台湾の参加を認めないだろう」と指摘した。
TPP参加を熱望する台湾 |
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日本が支持すれば、日中間の新たな火種にも
蔡英文氏=Reuters
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五味 洋治(東京新聞論説委員)
1958年生まれ。中日新聞社入社後、韓国延世大学留学。ソウル支局、中国総局勤務を経て、米ジョージタウン大学にフルブライトフェローとして在籍。著書に「父・金正日と私ー金正男独占告白」など。
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