個人投資家などに診療報酬請求権を買い取り「レセプト債」と呼ばれる債券の販売を主導していた証券会社が2月、東京地裁に破産を申し立てた。
東京地裁は即日資産の保全管理命令を出した。これに先立ち、金融当局が1月末に「債務超過の事実を隠し販売を続けていた」として行政処分に踏み切っていた。
同社経営陣や関係者を虚偽告知や、投資家に錯誤を生じさせる偽計などの金融商品取引法違反の罪に問えるとみて、刑事告発を検討している。
レセプト債の販売関係した証券会社6社も不適切な販売体制だったとみて、業務改善命令などを軸に行政処分を出すか検討しているという。
行政処分を受けたのは、アーツ証券(東京・中央:川崎正社長)。同証券は2003年8月外資系証券会社の東京支店OBらが中心になって設立。常勤役職員約30人で、「証券会社のための証券会社」としてブティック型の証券会社を称し、富裕層な個人やオーナー企業の経営者らを顧客としていた。
レセプト債とは、日本では医療機関が請求すれば、ほぼ確実に支払われる診療報酬を請求する権利を証券化した金融商品。診療報酬の請求から実際の支払いまで約2か月のタイムラグがあることから、ファンドが現金の必要な医療機関から割引価格で請求する権利を購入し、投資家に利益を配当する仕組み。
1年間で3%の利回りが得られ、アーツ証券はこの請求債権を担保にして債券を発行しているため、「安全性が高い」と販売していた。
同社の関係したレセプト債を巡っては、診療報酬債権の買い取りを手掛けた会社など4社が昨年11月、約291億円の負債を抱え破たん。約2470人の投資家に発行されたとされる約227億円分の債券が償還不能になった。
このうちアーツ証券は約67億円を販売しており、行政処分を受けた直後に破産を申し立てた。
被害が拡大したのは、アーツ証券は自らレセプト債を販売したのみならず、田原証券など全国の6つの証券会社の販売支援もしていたためだ。6社の証券会社はレセプト債に限らず、中小企業の売掛債権、米国の不動産収益などを裏付け資産とした債券も販売していた。最も債券を販売していたのは愛知県田原市を拠点とする田原証券だった。
金融当局は昨秋から、アーツ証券ほか関係した証券会社の立ち入り検査に着手。検査過程で、買い取った診療報酬債権などの残高がレセプト債の発行残高と著しく低く、社債発行による調達資金が本来の目的である診療報酬債権の買い取りに回さず、関係先への貸付などに回されていることなどを突き止めた。
いわば、運用は資金集めの口実に過ぎず、事実上投資家への償還や配当のため新しい債券の発行を繰り返す自転車操業に近かったとみられる。
ただ、診療報酬債権の買い取りの事実はわずかだがあったため、資金をだまし取る詐欺には問えないと判断。行政処分では、投資家に虚偽の事実を告げる金商法違反と認定した。同社の川崎社長は遅くとも13年10月頃までに債券の財務状況を認識しながらも、他の証券会社にも意図的に隠蔽し、「安全性の高い商品」と記載された資料を使い販売を続けていた。
ここで重要なのは、販売に関係した証券会社各社はこうした事実をアーツ証券側から知らされておらず、同社の不正行為の被害者となっている点だ。証券会社は業として金融商品の販売をしていることもあり、販売実態を知らずに被害拡大に一役買っていたことになる。
とはいえ、債券購入者の投資家からすれば、その証券会社の販売員を通じて債券を購入しているのだから、「加害者同然だろう」と憤慨している。
どこに消えた227億円、金融当局が動いたが |
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【アーツ証券の闇㊤】レセプト債を隠れ蓑になす術なしか
Reuters
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谷川 年次(経済ジャーナリスト)
大手新聞記者などを経てフリーに。記者歴は約20年のベテラン。
企業不正や調査に関心。国会、金融庁、厚労省、年金、金融、資産運用などに詳しい。 |
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