気候変動問題への対応が国際社会の共通課題となるなか、低炭素化への構造転換を求められるエネルギー業界はいま、水素エネルギーに熱い視線を注いでいる。
とりわけ、欧州を中心に官民あげての取り組みが加速する。欧州域内での水素ビジネスにかかわる最新動向を紹介する。
欧州連合(EU)の欧州委員会は7月8日、「水素戦略」を発表した。2050年までにEU域内の温暖化ガス排出量を実質ゼロにするため、エネルギーシステムの新たなインテグレーション(統合)を図り、水素の生産から輸送、利用に至る企業連合をつくるというものだ。
まず、今年中に500社が参加し、2年後に1,000社加入を目指す。この取り組みを通じて、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大で疲弊した経済を立て直し、雇用創出につなげる狙いがある。欧州委員会は50年までの累計投資額を1,800億~4,700億ユーロに上ると試算する。
欧州委員会はまた、企業や公共機関などで構成される「欧州クリーン水素連合」(European Clean Hydrogen Alliance)を7月に立ち上げた。2050年における欧州域内のカーボンニュートラル目標の達成を目指す。英ネプチューン・エナジーが7月半ば、新たに加盟を表明した。
このほか、欧州9カ国の天然ガス関連企業11社は7月半ば、水素輸送インフラ計画を公表。水素輸送パイプラインを2030年までに6,800キロメートル、40年までに2万3,000キロメートル建設するプロジェクトで、投資額は270億~640億ユーロと見積もる。
この計画にはエナガス(西)、フリュクシス・ベルギー、スナム(伊)、OGEエナジー(米)、テレガ(仏)などのエネルギー大手が名を連ねている。
ドイツ政府も動き出した。独連邦経済エネルギー省は8月3日、再生可能エネルギーによるグリーン水素プロジェクト「西海岸100」を承認したと発表した。
「西海岸100」は、洋上風力発電などの再エネで発電した電力で生産した水素を利用するプロジェクトで、予算額は8,900万ユーロ。フェーズ1では、オーステッド(デンマーク)、ラフィネリ・ハイデ(独)など3社が合弁会社(JV)を設立し、ハイデ製油所の周辺に水素プラントを建設する予定だ。
ティッセンクルップ・ウーデ・クロリンエンジニアズ(独日伊の合弁企業)と米エアプロダクツ・アンド・ケミカルズが7月初旬、電気分解によるグリーン水素事業で戦略的協調合意書(SCA)に調印したことも注目される。ティッセンクルップが水の電気分解プラントのプロセス技術などを提供し、エアプロダクツはプラントを建設、運営する。
スペインでは、電力会社のイベルドローラと肥料会社のファーティベリが7月24日、欧州で最大規模のグリーン水素製造プラント建設に合意したことを明らかにした。建設地はプエノトリャノ(同国カスティーリャ=ラ・マンチャ州)で、プロジェクトの投資額は1.5億ユーロ。太陽光発電設備(100MW)、リチウムイオン電池(20MWh)施設を建設する計画だ。
EUを離脱した英国での動きも注目される。英国は低炭素化の柱を水素と位置付けているようだ。送電・天然ガス大手のナショナル・グリッドは7月27日、エネルギー業界の将来を展望する「Future Energy Scenarios」を発表。英国が2050年までに温暖化ガスの排出量をゼロにするためには、水素の利用とCO2回収・貯留(CCUS)の有効利用が不可欠であると強調した。
ナショナル・グリッドはまた、8月5日に家庭用暖房に低炭素水素を利用するプロジェクトに1,000万ポンドを投資することを明らかにした。英ノーザン・ガス・ネットワークス(NGN)と、天然ガス輸送網会社のフリュクシス・ベルギーと組み、初の試験施設を英国内に建設するという。
特に注目されたのは、英BPが8月4日に公表した「エネルギー長期戦略」だ。石油メジャーとして野心的な内容で、低炭素化向けの投資には水素、バイオエネルギーが主流になるとした。
BPは2030年までに低炭素エネルギー分野への年間投資額を5億ドルから50億ドル程度に引き上げる。石油・天然ガスの生産量は2019年比で40%削減する。操業にともなう温暖化ガスの排出量を最大で35%削減するとしている。
水素関連では、電気自動車(EV)の充電施設を7,500カ所から7万カ所に増やすことを明らかにした。エネルギー戦略の発表に先立つ7月24日、BPの燃料小売り会社である独アラルが今後1年間に超高速充電ポイントをドイツ国内に100カ所設置すると発表。100%グリーンエネルギー由来の電力を使用して、約10分間で航続距離約350キロメートル分の水素を充填できるようにする。
低炭素化の動きについてBPは今年2月、2050年までに温暖化ガスの排出量を実質ゼロにする目標を公表済みだが、今回のエネルギー長期戦略で目標達成に向けた具体的な道筋を示したことになる。
国際エネルギー機関(IEA)が今年7月に公表した報告書で、温暖化ガス排出量ゼロへのカギを握る技術の一つに「水素」を取り上げた。次世代エネルギー源として水素に脚光が集まるなか、この分野における技術開発は今後ますます熾烈さを増しそうだ。
温暖化ガス排出ゼロへの鍵を握る「水素」 |
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【エネから見える世界】欧州で広がる「グリーン水素」ビジネス
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阿部 直哉(Capitol Intelligence Group 東京支局長)
1960年、東京生まれ。慶大卒。Bloomberg Newsの記者・エディターなどを経て、2020年7月からCapitol Intelligence Group (ワシントンD.C.)の東京支局長。1990年代に米シカゴに駐在。
著書に『コモディティ戦争―ニクソン・ショックから40年―』(藤原書店)、『ニュースでわかる「世界エネルギー事情」』(リム新書)など。 |
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