日産自動車の2022年3月期の黒字転換予想は、ひとまず市場には好感された。だが、日産が抱える構造的な問題は根深く、先行き、楽観はできそうもない。
日産は2021年7月28日、22年3月期第1四半期決算の発表の場で22年3月期通期の業績見通しも発表。連結最終損益は600億円の黒字になるとの見通しを示した。前期は4486億円の大幅な最終赤字だった。通期での黒字は3年ぶりとなる。
上場企業が「3年連続の赤字」になれば、経営者の経営責任が厳しく問われ、株価は下落する。それだけに今回の日産の業績予想は市場で注目され、翌29日の株価上昇につながった。
日産の内田誠社長(CEO=最高経営責任者)はこの発表会見で「私がCEOに就任して約1年8カ月たちました。日産は確実にその輝きを取り戻しつつあり、社内の雰囲気、お客様から届く声にも変化を感じています」と述べ、業績の回復に自信をみせた。社長自ら「輝きを取り戻しつつある」との表現を用いたのは、2年連続の最終赤字からの脱却を強調し、市場に安ど感を与えるイメージ戦略に違いない。
日産が3年ぶりに最終黒字を回復するのは、今期の第1四半期の世界の販売台数が前年同期比63%増と、好調だったからだという。
このうち、最大の米国市場は20年10月に投入した新型SUV(多目的スポーツ車)「ローグ(日本名エクストレイル)」が好調で、販売台数は同68%増加。カナダとメキシコを含む北米全体では同70%増の37万台を販売した。
中国市場ではセダン「シルフィ」が好調で、販売台数は同71%増の35万台。欧州市場は同69%増の9万台を販売した。
ところが、肝心のホームマーケットである日本の販売台数は同7%増の9万台にとどまった。台数では欧州と互角だが、伸び率でみると、北米、中国、欧州を著しく下回っているのがわかる。コロナ禍に伴う半導体不足が原因と日産は説明するが、ここに筆者は一抹の不安を感じる。
日本市場について、アシュワニ・グプタ最高執行責任者(COO)は「半導体不足で軽自動車が供給不足となったが、ノートなど登録車の販売が好調で、全体を相殺した」との見方を示した。
グプタ氏は「大胆なデザインと魅力あふれる技術を搭載した新車の投入」が各国市場の伸長の要因だとした。さらに「むやみに台数増を追うのではなく、1台当たりの利益と価値を最優先する取り組みが功を奏した」とも述べた。
この「利益重視」はその通りで、日産は海外の余剰な生産工場を閉鎖するなどの構造改革を進展させ、米国でインセンティブ(値引きの原資となる販売奨励金)を減らしたことなどから収益性が高まった。これも黒字回復の要因だ。
最大の米国市場や、それに次ぐ中国市場でブランド価値を上げ、好循環が生まれたように見える日産だが、果たして今回の回復は本物だろうか。
内田社長は会見の中で「日産はEV(電気自動車)のパイオニアとして、社会に貢献していく」と何度も力を込めた。EVのパイオニアというのは2009年に量産初のEV「初代リーフ」を発売したことを指す。
これは事実だが、その後、日産は2代目リーフを発売しても、今日までEVがヒットしていない。EVの先進的なイメージと実績は米国のEV専業「テスラ」に奪われてしまった。テスラの量産モデル「モデル3」は価格も2代目リーフに近づき、性能ではリーフを上回ることから、世界でEVのベンチマークとなっている。
日産は初代リーフでEVに先鞭をつけたものの、その後のEV開発では後手に回っている。当初、リーフに次ぐ世界戦略のEV「アリア」を21年年央に発売する予定だったが、その発売時期は年末と大幅に遅れている。
アリアに続き、日産は三菱自動車と共同開発した軽のEVを22年度に国内で発売するというが、この軽の完成度と価格も注目だ。
さらに日産は英国に大規模で先進的な新型バッテリー工場を設け、アリアに続く新世代のクロスオーバーEVを発売する計画という。
果たして、これらの計画が順調に進み、ユーザーの評価を得られるのか。日産は6月のアリアの発表後、予約注文の受け付け開始から10日間で4000台を受注したと発表している。
これは日産に対するユーザーの期待に違いないが、航続距離、電池の充電時間、電池の経年劣化など、アリアは従来のリーフなどEVが抱える課題を克服できているのか。これらの課題を克服できなければ、アリアも軽のEVも、ユーザーの評価と支持を得られないのではないか。
日産が「EVのパイオニア」であるのは事実だが、それだけに現状の課題を克服した新型EVの登場をユーザーは期待している。それに日産は応えられるのか。
内田社長は今期黒字予想について「ようやく水面からちょっと顔を出した。ここからどう輝けるか、覚悟を持って進めていきたい」とも述べた。
恐らくこれが内田社長の本音なのではないか。日産が3年ぶりの黒字化を実現したとしても、その後に待ち受ける課題は多く、アリアを始めとする新型EVの投入が奏功する保証はない。日産に対する市場の評価はなお厳しく、真価が問われるのはこれからだ。