トヨタ自動車は1980年代の人気車「カローラレビン」と「スプリンタートレノ」(愛称・初代ハチロク)の一部部品を復刻し、国内と海外向けに2021年11月1日から販売を始めた。
これはクルマ好きにとって画期的なニュースだが、ハチロクの価値を理解する豊田章男社長の存在を考えると、正直、物足りなさも残る。
生産終了となったビンテージカー(旧車)の部品を自動車メーカーが復刻する動きは、マツダが2017年12月、初代ロードスターのレストアサービスとしてスタート。これまでホンダがビート、日産がスカイラインGT-Rなどで行ってきた。
トップメーカーのトヨタは2020年に初代スープラ(A70型)と2代目スープラ(A80型)の部品を復刻して発売。さらに2000GTとランドクルーザー(40系)の部品も復刻した。
そして、いよいよ旧車の本命ともいえる「初代ハチロク」だ。今回、トヨタが部品を復刻したのは1983年から87年にかけて生産し、その型式「AE86」から「ハチロク」の愛称で親しまれたレビンとトレノだ。AE86はFR最後のレビン・トレノとして、今なお愛好者が多い。
1980年代の国内モータースポーツで、ハチロクは全日本ラリー選手権や全日本ジムカーナ選手権などで活躍。当時としては高出力だった「4A-G型」の1.6リッター16バルブDOHCエンジンと後輪駆動のハンドリングの良さで、多くのクルマ好きの支持を集めた。
1990年代以降は人気漫画「頭文字D」で、主人公が乗るハチロクが注目され、人気復活。中古車市場で新車当時より高価格で取引されるなど、社会現象となった。
初代ハチロクが「手ごろな価格で若者が買えるスポーツカー」として人気だったことから、トヨタがSUBARU(スバル)と組み、2012年にハチロクを「トヨタ86」として復活させたことは記憶に新しい。
トヨタ86の復活にはモリゾウことトヨタの豊田章男社長の存在を抜きには語れまい。
モリゾウとは豊田社長のレーシングドライバーとしての愛称だ。豊田社長は社内で「世界一のハチロクファン」の異名をとる。2021年発売の新型「GR86」の開発で陣頭指揮をとり、開発の最終段階で操縦性の見直しを迫るなどハチロクに対する思い入れが強いという。
そんな社長がいるからこそ、トヨタは歴代旧車の部品復興ができるのだろう。34年前に生産を終了し、既に廃番となったクルマの部品をメーカーが純正部品として再販するのは、採算を考えればなかなかできる判断ではない。
トヨタが11月4日に発表した2021年9月中間決算は、新型コロナウイルスや半導体不足の影響で大幅な減産を強いられたものの、売上高、最終利益とも中間決算として過去最高となった。経営基盤が安定するトヨタだからこそ、旧車の部品を復刻する余裕があるのだろう。
そう思い、今回のハチロクの復刻部品のリストを眺めると、復刻するのはリヤブレーキキャリパー、ステアリングナックルアーム、リヤドライブシャフトの3点だけだ。
トヨタは今回も同社のモータースポーツ部門である「TOYOTA GAZOO Racing(トヨタ・ガズー・レーシング」の「GRヘリテージパーツプロジェクト」として部品を復刻する。
トヨタは「『思い出の詰まった愛車に乗り続けたい』というお客様の想いに応えるべく、既に廃版となった部品を復刻し、純正部品として再販売する」と説明する。しかし、トヨタのビンテージカーとして、最も愛好者が多い初代ハチロクですら、部品の復刻がたったの3点というのでは、ファンは納得できないのではないか。
旧車の愛好家はメーカーなどから部品が入手できなくなる場合に備え、部品取り用にもう1台同じクルマを購入してストックするなど、日々苦労している。
好きなクルマを長く楽しむ欧米の自動車文化を理解し、「世界一のハチロクファン」を自認する豊田社長率いるトヨタだけに、ハチロクの復刻部品をもっと増やしてほしい。