「スポーツカー冬の時代」に、こんな過剰ともいえるスポーツモデルが誕生するのは、豊田章男社長率いるトヨタだからだろう。トヨタには既に「GR86」や「GRヤリス」という類似のスポーツカーが存在する。にもかかわらず、これらの先行車とバッティングするモデルをカローラブランドで追加したのだ。
しかも、5人乗りのGRカローラRZに対して、GRカローラモリゾウエディションはリヤシートを取り払った2シーター(2人乗り)で、エンジンの最大トルクをわずかに向上させ、ギア比もローギアード(加速重視)化している。
これほど趣味性が高く、コストのかかる希少車を市販するという経営判断は、世界の自動車メーカーでもトヨタでなければできないだろう。敢えて今、「モリゾウ」こと豊田社長がそこまでカローラにこだわる理由は何か。

トヨタのカローラ・レビン(初代)=CC BY /Tennen-Gas
カローラレビンは安価で高性能が楽しめるモデルとして、世界のモータースポーツでも活躍した。1983年発売のレビン(AE86)は「ハチロク」の愛称で親しまれ、今日の「GR86」につながるトヨタのヘリテージだ。
「GRカローラRZ」は2022年4月にトヨタが世界市場向けに発表した新型車「GRカローラ」の日本仕様。その上級バージョンとなる「GRカローラモリゾウエディション」はマスタードライバーを務めるモリゾウ氏(豊田社長)が「自ら試作車のステアリングを握り、こだわりを持って作りこんだ」という。
トヨタによれば、この「モリゾウエディション」は「お客様を魅了する野性味」と「気持ちが昂り、ずっと走らせていたくなる走りの味」を追求したカローラベースのスポーツカーだ。豊田社長はかつてのカローラレビンの再来を狙っているのだろう。
「GRカローラRZ」は今秋頃から全国のトヨタ販売店で発売し、「GRカローラモリゾウエディション」は今冬から全国の「GRガレージ」で、台数限定で予約発売する。予約は抽選となり、秋頃から受付を開始するという。
豊田社長はカローラについて「多くのお客様に愛していただけるクルマだからこそ、絶対にコモディティと言われる存在にしたくない。お客様を虜にするカローラを取り戻したい」とコメントしている。
現在のカローラは、かつての若々しいスポーツ心を失い、シニアユーザー中心の安価なファミリーカーになっている。豊田社長としては、ここでカローラの高齢化に歯止めをかけ、かつてのレビンのように若者が憧れ、支持するクルマとして復活させたいのだろう。
果たしてユーザーの反応はどうか。トヨタには既にGR86、GRヤリスが存在し、さらに上級のスポーツカーとして「スープラ」が存在する。その中にカローラをGRブランドとして投入する意味がどれだけあるのか。同じトヨタ社内でユーザーの奪い合いとなりはしないか。
豊田社長とすれば、GR86はSUBARU(スバル)、スープラはBMWとの共同開発で、GRヤリスのようにトヨタ独自で開発するスポーツカーの名声を国内外で高めたいのだろう。
トヨタは1999年の最終型セリカGT-FOURと2002年の4代目スープラの生産終了以降、本格的なスポーツカー開発のブランクが長く、最新の86やスープラの開発ではスバルやBMWと組まざるを得なかった。
もはや、これだけスポーツカーに「過剰投資」できるメーカーは、世界でもトヨタしかない。換言すれば、今のトヨタは豊田社長の哲学、悪く言えば趣味や道楽を経営に反映できるだけの余力があるということだろう。
これが創業家というカリスマ性のある経営トップでなく、ごく普通の経営者であれば、環境規制や採算性を考え、ここまで商品化できないに違いない。高価なガソリン車のスポーツカーよりも、安価な電気自動車を市販する方が市場の評価は高く、トヨタの株価も上がるのではないか。
果たして、今回の経営判断は吉と出るのか、凶と出るのか。販売価格などは未定だが、かつて若者に愛された安価なハチロクとは異なり、GRカローラはかなりの高額になるに違いない。
果たして「多くのお客様に愛していただけるクルマ」となれるのか。GRカローラの今後の価格と販売動向が注目される。