閑話休題。
「経済制裁は効いているのですか?」
講演で、よくそう訊かれる。
「まちがいなく効いています」
ロシアは自由な貿易が制限されて経済活動が縮小し、国際的な資本市場からも排除されて、経済を維持するために必要な原材料や製品の調達が困難になっている。企業は必要な商品やサービスをグローバルに輸入することがほとんど不可能になっている。
また、多くの米・欧・日のグローバル企業は、ロシアでの生産や販売、サービスの提供を停止した。すでに撤退を決めた企業も少なくない。
自動車業界では、商品の在庫を売り切って、販売店のショールームは閑散としている。4月の販売台数は、前年同月比で60%から70%も減少するとみられている(モスクワの欧州自動車評議会)。そのうえ、修理サービス部品はおろか、保証サービス部品の入手もままならないため、販売ネットワークの維持が困難になっている。
もっとも、物流について、抜け穴がないわけではない。
陸伝いの物流は止めようもない。西のヨーロッパ経由の物流は海上と陸上でほぼ閉まっているが、南のコーカサス・ルートや中央アジアとの越境物流は開いている。
特に、カザフスタンやキルギスとは、ロシアは「ユーラシア経済連合」にもとづく関税同盟でつながっている。中東のドバイ経由の陸上輸送ルートは以前から定着しているし、中国とロシアを結ぶ直行型の「中欧班列」もほぼ支障なく運行されている。中国やアジアや中近東から、モノはふつうに入っている。
ロシアトヨタ勤務時代、経済危機のまえには自動車がよく売れた。ルーブルが下落するまえにモノに換えておこうとするのは、いかにもロシア人らしい消費行動だが、そんなときウラルやシベリアの顧客が南のカザフスタンへ車を買いに行くことはよくあった。また、モスクワの部品マーケットを訪れると、中東から輸入されたメーカー純正部品が溢れていた。
ロシア政府は、事業を停止した米・欧・日ブランドを指定して並行輸入を振興するが、ドルやユーロでの決済ができないため、個人輸入の域を越えるほどではないようだ。
この戦争は長くつづく。そのかぎりで制裁もつづく。
ロシアへの送金ができないなかで、いまは現地法人の「タンス資金」で給料を払うことはできても、やがてはそれも底を突く。雇用が失われ、所得は減少するだろう。ロシア経済はダイナミズムを削がれて小さく衰えていくにちがいない。
かたやロシアではいま、中国車が飛ぶように売れている。中国メーカーは売り手市場で急速にシェアを伸ばしているという(同上)。ロシアは早晩、中国への資源の供給基地、中国製品の市場と化すだろう。誤解を恐れずに言えば「植民地」みたいになるということだ。
制裁は効いている 中国車が飛ぶように売れる |
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【ロシア・ウクライナ戦争】ロシアは中国の「植民地」みたいになる
マクドナルドはロシア店舗を売却=huddlesto-Attribution
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西谷 公明(エコノミスト 元在ウクライナ日本大使館専門調査員)
1953年生、長銀総研を経て1996年在ウクライナ日本大使館専門調査員。2004ー09年トヨタロシア社長。2018年N&Rアソシエイツ設立し、代表。著書に『ユーラシア・ダイナミズム』『ロシアトヨタ戦記』など。岩波書店の月刊世界の臨時増刊「ウクライナ侵略戦争」で「続・誰にウクライナが救えるか」(2022年4月14日刊)を執筆。2023年1月に『ウクライナ 通貨誕生-独立の命運をかけた闘い』(岩波現代文庫)を復刻。
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