ついに「旗」を降ろす時がきた。
トヨタがロシア事業から事実上、撤退を決めた。
9月21日(発表の前々日)には、ロシア全土に部分動員が発令され、かたや東部ウクライナ4州のロシア占領地域では、ロシア派勢力による「住民投票」が強行されている。西側との対立はますます暗い深みに落ちていく。
議会では、事業を停止中の「非友好国」の企業を、政府の指定する組織がその株式や権限を一定期間管理し、その期間中に強制的に清算できる措置をとるための、いわゆる「外部管理法案」の審議が大詰めを迎えた。
トヨタは、事業の譲渡ではなく、建物と土地の売却に向けた手続きに入るという。同時に、ユーザーへのアフターサービスは今後も続けるという。
この戦争に終わりが見えない以上、企業にとって他に選択肢はなかろう。
トヨタがロシアへ進出したのは、20年前の2002年4月のこと。まず、モスクワに販社を設立して基盤整備に乗り出すと、2007年12月にサンクトペテルブルクに工場を完成させて「カムリ」の組立生産を開始した。
私がロシア社会の変化を察したのは、モスクワへトヨタロシアの社長として赴任して1年ほどが過ぎた2004年末から翌年春先にかけての時期である。ウクライナの大統領選挙で、親欧米派のV.ユシチェンコ元首相が再選挙の末に勝利した。
「(いつか戦争になることは)ロシア人には2004年から分っていた」
9月半ば、ZOOMを使ったインタビューで、独立系世論調査センターのL.グドコフ前所長はそう語った。
2004年の「オレンジ革命」の直後から、ロシアの安全が脅かされている、西側が攻め込んでくる、我々は動員に備えなければならない、そういう官製プロパガンダがロシア国内に広まりはじめた。
グドコフさんによれば、クレムリンはその頃から国民のメンタリティを徐々に変えていく。
そして、2014年の「マイダン革命」を経て、2021年秋、反ウクライナのプロパガンダはピークに達する。同じ頃に実施された世論調査では、70%の人々が「戦争が始まる」と答えた。「誰との戦争か?」に対しては35%がウクライナと答え、25%がNATOと答えた。
この20年間、私たちは、経済のグローバリゼーションを不可逆的と捉えてきた。
けれどもいま、プーチン政権は「核」で西側を威嚇しつつ、冷戦終結後のアメリカが主導する国際秩序に真っ向から挑戦する。
同じインタビューで、カーネギー・モスクワ(ウクライナ侵攻後、閉鎖された)のD.トレーニン前所長はきっぱりと語った。
「これまでロシアを取り巻いてきた世界は終わった。ロシアと西側のあいだに越えることのできない壁が生まれ、共存はもはや不可能である」
無念の一語に尽きる。
トヨタのロシア撤退 非友好国企業の「排斥」見越す |
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【ロシア・ウクライナ戦争(12)】ウクライナに親欧米政権ができ、戦争予告の官製プロパガンダが始まった
モスクワのロシアトヨタ本社(西谷氏提供)
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西谷 公明(エコノミスト 元在ウクライナ日本大使館専門調査員)
1953年生、長銀総研を経て1996年在ウクライナ日本大使館専門調査員。2004ー09年トヨタロシア社長。2018年N&Rアソシエイツ設立し、代表。著書に『ユーラシア・ダイナミズム』『ロシアトヨタ戦記』など。岩波書店の月刊世界の臨時増刊「ウクライナ侵略戦争」で「続・誰にウクライナが救えるか」(2022年4月14日刊)を執筆。2023年1月に『ウクライナ 通貨誕生-独立の命運をかけた闘い』(岩波現代文庫)を刊行予定。
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