この半年間で変わったことは?
「ジープが買えなくなったことです」
私の質問に、エリートの友人はそう言って苦笑した。
3月以来、日本を含め、西側の自動車メーカーは製品のロシア向け出荷を停止している。ディーラーは、中東のドバイやカザフスタン経由で並行輸入するが、台数は限られている。
新車が底を突いて、ショールームではどこも競合車や中古車を取り混ぜて展示していた。
それどころか、完全な売り手市場と化して、新型ランドクルーザーが、オプションなしの裸モデルで14万ドル(約2100万円)、中近東から輸入した思しきフルスペックモデルがなんと23万ドル(約3400万円)。これには、さすがに眼を疑った。
モスクワ郊外にある「メイジャー・シティ」を訪れた。世界の主要ブランドのショールームが軒を連ねる。平日だったこともあり、広大な敷地内は閑散としていた。通りを歩くのは、首から社員カードをぶら下げたスタッフたちだけだ。
その“自動車ミニ・タウン”で、ひとり気を吐いていたのが、中国ブランドに他ならない。
モスクワのAEB(欧州ビジネス協会)によれば、2022年1‐9月のロシアにおける自動車の販売台数は約50万7千台で、前年の約126万台に比べて60%も減った。内、中国ブランドは約7万2千台で、市場全体の14.1%を占める。前年同期の5.9%から躍進した。
ところが、「メイジャー・シティ」を経営する知人によれば、中国メーカー主要8社の販売台数は統計よりずっと多いというのだ。
実は、AEB統計は登録ベースではなくて、自己申告に基づいている。中国メーカーは、アメリカの眼を気にして過小申告しているため、現実の販売台数は、すでに国産のRADA(市場シェア24.4%)で知られるAvtovazに迫る勢いだろう、というのである。
実際、Havalのショールームでは、ふたり連れが2台まとめて購入している光景を目の当たりにした。Cheryのショールームでも、数人の客が並んで、販売スタッフが忙しそうに契約書を交わしていた。この機に乗じ、中国メーカーも販売価格を上乗せしているにもかかわらず。
いまでは、ドイツやフランスの有名ブランドのディーラーまでが、軒先に中国車を展示して販売しているほどだ。それだけ需要がある、ということなのだろう。
トヨタをはじめ、多くの西側メーカーはすでに撤退を表明している。この戦争に終わりが見えない中で、いまのところ輸出を再開できる見通しもない。
かくして西側メーカーの市場を、中国メーカーが急速に埋めていく。それでも、大多数の国民は困らない。世論調査で中国に対する好感度が上がっていることは、本連載の第11回で触れた通りだ。ロシアは、どこまで中国経済に依存していくのだろうか。
制裁でロシアでは西側輸入車が買えない、販売台数60%減 |
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【ロシア・ウクライナ戦争(16)】中国車販売は好調、中国依存を象徴
モスクワ郊外の自動車ミニタウン=撮影・西谷
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西谷 公明(エコノミスト 元在ウクライナ日本大使館専門調査員)
1953年生、長銀総研を経て1996年在ウクライナ日本大使館専門調査員。2004ー09年トヨタロシア社長。2018年N&Rアソシエイツ設立し、代表。著書に『ユーラシア・ダイナミズム』『ロシアトヨタ戦記』など。岩波書店の月刊世界の臨時増刊「ウクライナ侵略戦争」で「続・誰にウクライナが救えるか」(2022年4月14日刊)を執筆。2023年1月に『ウクライナ 通貨誕生-独立の命運をかけた闘い』(岩波現代文庫)を刊行予定。
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