1月13日、米国新政権はホワイト・ハウス国家安全保障会議(NSC)にアジア政策統轄のポスト「インド・太平洋調整官」を新設し、カート・キャンベル氏を起用することが明らかになった。
キャンベルはオバマ政権で東アジア・太平洋担当国務次官補(局長級)を務め、アジアへの「リバランス」(軸足を移す)政策を進めた。2018年春に米国外交問題雑誌『フォーリン・アフェアーズ』に、過去の米国の中国政策は失敗だったとの論文を発表し、大きな反響をよんだ。キャンベルは多くの省庁にまたがる対中政策全体を統轄することになるらしい。彼の起用により、バイデン新政権の対中政策が見えてきた
▼キャンベルは、過去の米国の対中政策は誤りだったと指摘
『フォーリン・アフェアーズ』にキャンベルは2018年からの3年間で6本の論文を投稿した。その全てが中国について論じた。彼の主張は次の通りだ(6本の論文をまとめ再構成した)。
①米国の思いどおりにならない最も手強い競争相手
―過去、米国は中国の進路を決められると考えてきたが、それは間違いだった。ニクソン、キッシンジャーもこの間違いを犯した。現実に立脚して、米国の対中政策を再考すべきだ。
―過去、米国は中国を敵として扱わないようにすることで、中国が実際に米国に敵対することにならないのだと考えてきた。中国も「平和的台頭」(2005年)、「平和的発展」(2011年)という言葉を使っていた。
―米国にとり中国は、近代史上、最もダイナミックで手強い競争相手だ。中国はかつてのソ連よりも洗練され手強い。中国のGDPは購買力平価換算で既に米国を上回る。米国は、これまでの中国に対する希望的発想を捨てる必要がある。
―トランプ政権は、二国間貿易赤字、多国間貿易協定の破棄、同盟の軽視、人権問題の軽視、外交の軽視などにより、米国自身の競争力を高めることなく、いたずらに対立的であった。他方、中国は対立的になることなく、中国の競争力を着実に高めている。
②依然閉鎖的・差別的な経済、国際経済面で無責任な動き
―中国との経済交流の拡大は、中国経済の自由化をもたらすと期待されたが、実際には国有企業、産業政策、補助金が強化され、外国企業の中国市場へのアクセスは制限されている。
―ブッシュ(息子)政権の国務副長官だったゼーリックは、中国を「責任あるステークホルダー」にすべく、国際秩序に組み込もうとした。しかしうまくいかなかった。たとえば中国は多くの非民主的政府への制裁を妨害している。また米国抜きの国際経済協力としてアジア・インフラ投資銀行、新開発銀行(BRICS銀行)、一帯一路を構築した。
③内政での統制強化
―2013年、中国共産党の内部文書は、「西側の立憲民主主義」とその他の「普遍的価値」に対してあからさまに警告を発した。2015年だけで、300人以上の法律家、法務助手、活動家を拘束した。通信技術の進歩は、国家の統制の強化を助けている。
ーウイグルでの弾圧は民族浄化のキャンペーンと言える。香港の国家安全保障法は、香港の外にも取締対象を広げるという従来にはない攻撃的アプローチを示している。
―経済発展や中国人留学生の米国への留学は、政治的自由化につながると期待されたが、中国政府は壁を作り、統制強化でグローバライゼーションに対応した。
④全面攻撃を仕掛ける外交・軍事政策に米国はいかに対処すべきか
―米国は中国指導部がいかに不安定でかつ野心的かについて、過小評価していた。中国は米国が主導するアジアでの安全保障秩序に挑戦し、米国と同盟国の間にくさびを打ち込もうとし始めた。
―中国は、巨額の軍事費を投入し、ソ連以来の軍事国となった。鄧小平の「能力を隠し時間を待つ」という言いつけは最早守られていない。
―中国の冒険主義を抑止するため、米国は意識的に努力すべきだ。
―冷戦では闘争の場が世界全体であったが、中国との間の危険は、アジア太平洋に限られるであろう。それでもそこには少なくとも南シナ海、東シナ海、台湾海峡、朝鮮半島の4か所の潜在的なホット・スポットがある。中国は南シナ海で現状を変更し、尖閣付近のパトロールを強化し、台湾近郊で空中偵察を行った。ブータンと新たな国境紛争を起こし、インドと国境で衝突し、中国人民解放軍が30年ぶりに国外で武力を行使した。一つ一つは驚くべきではないかもしれないが、全体では尋常ではないフル・コート・プレス(コート全面を使った攻撃)を仕掛けている。
―豪州に対する攻撃は、豪州の対中警戒心を高めさせ、国防費増額につながった。
―インドとの国境衝突は、インドをしてこの地域での中国の決定的な対抗勢力にするかもしれない。
―インド太平洋で米中双方の軍が共存することは不可能ではない。米国は軍事的優越の回復が困難なことを受け入れるべきだ。むしろ米国とそのパートナーの行動の自由に中国が干渉し脅威を与えることを抑止することに焦点を当てるべきだ。
―米国は高価で脆弱な空母ではなく、安価で非対称的な軍事力で中国を抑止すべきだ。長距離無人キャリアからの攻撃機、無人潜水艇、誘導ミサイル潜水艦、高速攻撃兵器などである。また米軍は、東南アジア、インド洋における軍事プレゼンスを多様化すべきだ。
⑤科学技術の競争にいかに勝つか
―米国は科学技術で中国と競争するために、投資も増やす必要がある。技術窃取、保護主義、産業政策などにより中国は米国企業を不当に扱っており、この問題はWTOでも扱われるべきだ。
⑥世界における民主主義への支援
―世界において、我々は反中ではなく、民主主義を支持するという立場であるべきだ。一帯一路でも、成長、持続可能性、自由、良いガバナンスを支持する立場で途上国を支援していく。
⑦同盟国・パートナーとの関係強化
―米国はもっと自らと同盟国・パートナーの力を強めることに努めるべきだ。米国は中国に向かい合う際、アジアそして世界の諸国との緊密なネットワークを構築しないといけない。同盟は、削減されるべきコストではなく、投資すべき資産としてみなすべきだ。
⑧新大統領の課題
―新大統領は、香港から南シナ海、インド、ヨーロッパまで、中国からの圧力と脅迫は続くことを覚悟すべきだ。
―新大統領は、懲罰的一方主義を止め、欧州とアジアの同盟国との関係を再調整し、国連、G7、国際機関などの国際機関を改めて重視すべきだ。
―今日のインド太平洋では、ヨーロッパの歴史から得られる3つの教訓があてはまる。第1に力の均衡の必要性、第2に地域の諸国が正当と認める秩序の必要性、第3にこれらの2つに挑戦する中国に対処するための同盟国・パートナーとの連合の必要性。
―パートナーシップ構築は、柔軟に考えるべき。英国が提案したD-10(G7とオーストラリア、インド、韓国)など、随時、臨時の枠組みも検討すべき。
▼キャンベルの起用には期待がもてるが、前途は多難
キャンベルは、バイデン次期大統領、ブリンケン次期国務長官、サリバン次期国家安全保障補佐官とも近く、彼らからインド・太平洋政策で相当大きな権限を与えられると見られている。なお一時、次期財務長官候補に挙げられていたブレイナードFRB理事はキャンベルの夫人である。
キャンベルはトランプ政権時代に政権から離れていたが、その間、中国との関係について集中して考察を進め、民主党の対アジア政策を検討していたようだ。
キャンベルは、共和党ブッシュ(息子)政権下の国家安全保障会議でアジア担当を務めたマイケル・グリーンからも評価されており、キャンベルの活動は超党派で理解と支持が得られるだろう。
オバマ政権は中国にソフト過ぎだった、トランプ政権は二国間貿易問題などに関心を特化し過ぎだったと言われている。
この点キャンベルの思考には総合的な視点がある点、高く評価できる。(ただ、北朝鮮や、ロシアの扱いなどについては突っ込んだ言及・考察は述べられていない。)
米国と同盟国・パートナーとのネットワーク関係の強化、国際機関重視を主張し、また尖閣への中国の攻撃的姿勢を中国の対外政策全体の中で位置づけていることも高く評価できる。
キャンベルは、今日の中国の内政、外政での問題を指摘するが、ではなぜそのようになっているのだろうか。
鄧小平が望んだように、中国は経済発展はした。しかし貧富の格差の拡大、地域間・民族間の格差など、社会矛盾を解決できていない。鄧小平はその解決法までは言い残さなかった。民主化により、貧者の声を吸い上げ、国政に反映させ、富の再配分メカニズムを作る必要がある。しかし富の再配分に反対する既得権益もできているため、それもできない。
胡錦濤・温家宝時代には少しはあった民主化の議論もなくなってしまった。成長の鈍化、早すぎる人口高齢化の問題もあり、社会の緊張(不満のガス)が高まっている。そのため、国内的な抑圧、がむしゃらな対外経済活動、国威発揚のための攻撃的政策につながる。悪いパターンにはまってしまっているが、抜け出す良い智恵がない。
トランプ政権時代の4年間で、米中関係を始め世界はもっと難しい状況になり。「リセット」はできないと『ファイナンシャル・タイムズ』紙のコラムニストのラックマンは指摘している。
キャンベルは民主主義擁護と言うが、中国以外にもロシア、ブラジル、インド、トルコ、サウジ・アラビアにいる反動的ナショナリストにどう対処するのか、結局は「現実政治」になるのではないか、しかし米国の国力も落ちているとの指摘だ(FT紙2020年3月9日付け)。バイデン新政権とキャンベルはオバマ大統領が残した4年前よりも厳しい状況からスタートせざるを得ず、その前途は多難である。
(Foreign Affairs 掲載(含むネット版)のキャンベルの6本の論文は次の通り。それぞれ共著者がおり、その中には政権入りする可能性が取りざたされている者もいる。)
“The China Reckoning”、 March/April 2018
“Competition Without Catastrophe”、 September/October 2019
“The Coronavirus Could Reshape Global Order”、March 18、 2020
“China Is Done Biding Its Time”、 July 15、 2020
“The China Challenge Can Help America Avert Decline”、 December 3、 2020
“How America Can Shore Up Asian Order”、 January 12、 2021
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【世界を読み解く】「米国は中国の野心を過少評価してきた」など過去の対中政策は誤りと論述
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(ビジネス)
カート・キャンベル氏=PD
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井出 敬二(ニュースソクラ コラムニスト)
1957年生まれ。1980年東大経済学部卒、外務省入省。米国国防省語学学校、ハーバード大学ロシア研究センター、モスクワ大学文学部でロシア語、ロシア政治を学ぶ。ロシア国立外交アカデミー修士(国際関係論)。外務本省、モスクワ、北京の日本大使館、OECD代表部勤務。駐クロアチア大使、国際テロ協力・組織犯罪協力担当大使、北極担当大使、国際貿易・経済担当大使(日本政府代表)を歴任。2020年外務省退職。著書に『中国のマスコミとの付き合い方―現役外交官第一線からの報告』(日本僑報社)、『パブリック・ディプロマシー―「世論の時代」の外交戦略』(PHP研究所、共著)、『<中露国境>交渉史~国境紛争はいかに決着したのか?』(作品)、”Emerging Legal Orders inthe Arctic - The Role of Non-Arctic Actors”(Routledge、共著)など。編訳に『極東に生きたテュルク・タタール人―発見された満州のタタール語新聞』(出版に向け準備中)
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