7月19日、中国外交部の記者会見に出席した国外の記者たちがざわついた。欧州諸国首脳の中国訪問に関するブルームバーグ記者の質問に対する趙立堅報道官の答えが異様だったからだ。
騒動の発端は香港の「南華早報」だった。7月18日に「フランス、ドイツ、イタリア及びスペインの大統領と首相が中国から訪問の要請を受けた」と、中国政府の高級幹部の話として報じた。報道の概要はこうだ。
中国政府はマクロン仏大統領やショルツ独首相、ドラギ伊首相、サンチェス・スペイン首相に、11月ごろの中国訪問を要請した。習近平の三選がかかる中国共産党第二十回大会は11月ごろに開かれる予定。また、G20サミットも同月に行われるので、中国側がその後に欧州諸国の首脳を招いて、関係改善につなげたい意向だ。それで王毅外相は9月のニューヨークでの国連総会参加の機会に欧州に出向き、関係国首脳招待の根回しにあたる。
この報道は様々な憶測を呼んだ。「習近平が第二十回党大会で三選されるサインを出した。党内闘争に勝つための内部情報リークの典型的なやり方だ」と知人の中国政治専門家は分析する。
「第二十回党大会の後、習近平が冷え込んだ中欧関係を修復しようとした動きだ。だが、党内闘争が激しくなったいま、対欧関係修復した外交成果で反対派の口を封じたいのではないか」という見方もある。
中国の真意を問うために、ブルームバーグの記者が中国政府の見解を求めた。中国側は外交的な模範解答であるあいまい回答をせずに、きっぱりと否定した。
「どこから得た情報かは知らないが、それはフェイクだとしか教えられない」と趙スポークスマンは答えた。外交について、こんなにきっぱり否定するのは珍しい。これでは、中国は秋になっても欧州諸国と関係改善するつもりがないと言ったに等しい。習近平の願いが叶って三選されたとしても、彼の指導の元、欧州諸国との関係改善の扉は閉まったままなのか?
この外交的には異様に踏み込んだ回答については、三つの可能性が取り沙汰されている。
一つは「南方早報」の報道が偽情報に基づいているというものだ。反習近平派が意図的に情報をリークし、彼を世界の笑いものにした。だから感情的に反発した。
二つ目は「南方早報」の報道は事実であるというものだ。習近平派が情報をリークして三選の勝利を世の中に宣言し、国内の反対の声を封じる目的があるというもの。意図が見え透いているので否定せざるをえなかった。
三つめは、これが最も信憑性が高いのだが、欧州諸国の首脳たちの反応がはかばかしくなく、すでに拒否した国もあった。趙報道官が習主席の面目をたてるために強硬に否定したというものだ。
趙報道官の態度はいかにも”中国戦狼外交”らしい。普通なら曖昧な外交辞令でごまかすか、あるいはいまは言えないと言えばいいものを、きっぱりと否定したことで却って報道の真実味を明らかにしてしまった。
中国外交部の大失態で、趙報道官の大失策だと話題になった。
同時期に注目を集めたもう一つの出来事が中国の航空会社と欧州エアバス社の大型契約である。
中国南方航空と中国国際航空、中国東方航空が7月1日、エアバス社との大型契約を発表した。3社で計292機を発注、総額は372.57億ドルになる。3社が同じ日にこれほど莫大な金額の契約を発表したのはきわめて稀で、偶然とは思えない。「三大航空会社史上最大額の取引だ」と中国政府系「澎湃新聞」が報じている。
「米国のボーイング社に対するあてつけで、アメリカへの対抗宣言」と見られたが、一方で欧州諸国に対する関係改善のメッセージともいえる。「中国と仲良くすれば、金儲けができる。逆らえば、金儲けさせないよ」。これこそ中国がよく言う「ウインウイン関係」の本質だ。利益の餌さえ十分に提供すれば、欧州諸国を中国になびかせて、アメリカの対中同盟関係を崩すことができる。
だから中国はまず航空機の大型契約を結び、その後にインドネシアでのG20サミットにやってくる欧州首脳を中国に誘い、三選を果たした習近平の外交に花をもたせ、中国のイメージ改善を図る狙いだろう。しかし欧州諸国の首脳はお金だけでは動かなかった。返事がはかばかしくないことを「南華早報」に暴露され、中国のメンツを保つべきと思い込み、外交部は強硬に否定したのだろう。
中国外交部は報道は「フェイク」と断定したが、「南華早報」は追い討ちをかけるように、ある外交筋の話として「中国は確かに欧州関係諸国の首脳に打診した」と伝えた。「彼(習近平)は世界諸国の指導者に北京に来て敬意を示してもらいたいのだろう。ナポレオの戴冠式のように」。「ボイスオブドイツ」中国語版は「習近平が第二十回党大会のあとも中国最高指導者の椅子に座っていることを証明しようとした」と分析している。
この騒動は中国独自の価値観、特にトップのご機嫌を気にする独裁体制的な外交と普遍的な価値観を持つ国の外交センスとの乖離を象徴している。中国が引き続き自分の独特な価値観に基づき世界との関係を築こうとするなら、習近平の三選が確実だとしても、中国の対外関係の改善は望めないだろう。