東芝の「不適切会計事件」の原因について、様々な解釈がなされているが、どれも決め手に欠ける。一つは第三者委員会の調査報告書にある「当期利益至上主義」である。またトップ間の社内抗争によるプレッシャー説も報じられている。
しかし利益至上主義だとすれば、何のためなのか。株価を上げる狙いなのか、自分たちの報酬を上げたかったのか、経団連などでポストを得るためなのか、具体的な理由が無くて、ただ利益をかさ上げしたくなるものなのか。先輩の圧力を跳ね返したいだけで無理をするという見方も弱い。
本当は、はっきりした理由は無いのではないか。強いて挙げれば、経営者に明快な経営理念が無く、単に利益に執着した結果だろう。21日の会見で、田中久雄前社長は経営トップの関与を指摘する第三者委員会の報告を「真摯に受け止める」と述べ、経営責任を取って社長を辞した。だが会見では、非を具体的に認める発言は無かった。
「不適切な会計処理を指示した認識はない」。また「不適切な会計処理がされていたとは認識していない」とも言っている。「(利益を上げろと)過大な要求をしたとの認識もない」。第三者委員会が指摘する「上司の意向に逆らえない企業風土」にも異論があるようだ。「経理財務は、たとえ社長がこうしろと指示しても『社長、それは駄目です』と言うものだと入社当時から思っていた」と言う。
予想される株主代表訴訟などに備えて、慎重に答えていた面もあるだろうが、表情などからは「何が悪かったんだ」という開き直りが感じられた。
先代社長の佐々木則夫氏や、その前の西田厚聡元社長も、業績を上げろと部下をぎりぎり締め上げたと第三者委の報告書は書き、こうした無理な注文が不適切な会計処理を誘発したという。さらにトップは手を直接下さないにしても、不適切な操作が行われていることを認識していたとも指摘している。
弁護するわけではないが、トップ経営者が利益を重視して、予算を「必達目標」として部下の尻をたたくことはよくある。パナソニックの松下幸之助創業者は「赤字は最大の罪悪」と言って、業績の振るわない事業部長などを厳しく叱責した。
ただし、幸之助氏は「利益は社会のお役に立てた結果、いただける報酬」と考えていた。上げた利益から税金を払い、従業員に還元するという明確な哲学があった。
アサヒビール(現アサヒグループホールディングス)の経営を再建した樋口廣太郎社長(当時)は「利益は経営者の責任だ。よいビールを作れ、どう儲けるかは私が考える」と社員に言っていた。利益が上がるような戦略を経営者が講じずに、社員を責め立てるのは愚かという考え方だ。
今回の東芝の不適切会計が刑事事件に発展して「粉飾決算」になるかどうかは別にしても、極めて次元の低い事件と言わざるを得ない。数字を上げることが自己目的化していたように見えるからだ。企業の目的とは何か、利益は何のためか、そうした理念の無い経営者がトップに座れば、何が起きてもおかしくない。
「当社140年の歴史で最大のブランドの棄損」と田中前社長が認める今回の東芝の不適切会計事件は、経営者に最も責任があることだけは間違いない。
頭を下げつつ、開き直りの表情 |
あとで読む |
【企業探索⑧】東芝・田中社長 「不適切な会計処理を指示した認識はない」
公開日:
(ビジネス)
東芝の田中社長=Reuters
![]() |
森 一夫:「わが経営」を語る(経済ジャーナリスト、元日経新聞論説副主幹)
1950年東京都生まれ。72年早稲田大学政経学部卒。日本経済新聞社入社、産業部、日経BP社日経ビジネス副編集長、編集委員兼論説委員、コロンビア大学東アジア研究所、日本経済経営研究所客員研究員、特別編集委員兼論説委員を歴任。著書に「日本の経営」(日経文庫)、「中村邦夫『幸之助神話』を壊した男」(日経ビジネス人文庫)など。
|
![]() |
森 一夫:「わが経営」を語る(経済ジャーナリスト、元日経新聞論説副主幹) の 最新の記事(全て見る)
|