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得意時代と失意時代の心の持ち方

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【新1万円札の顔 渋沢の愛した資本主義(10)】『論語と算盤』で「王道経営」をすすめる 

公開日: 2023/03/12 (ビジネス, ソサエティ)

渋沢栄一氏=PD 渋沢栄一氏=PD

三橋 規宏 (経済・環境ジャーナリスト、千葉商科大学名誉教授)

 前2回で、渋沢の著書『論語と算盤』のキーワードについて取り上げた。渋沢はまた、得意時代と失意時代の心の持ち方についても触れている。渋沢は、得意時代と失意時代の心の持ち方についても触れている。

 およそ人の禍の多くは得意の時代にその兆しが芽生えるものだ。得意の時には誰もが調子に乗ってしまいがちだが禍はこの欠陥に食い入ってくる。だから世の中で生きていくためには、得意の時代だからといっても気を緩めず、失意の時にも落胆せず、平常心をもって道理を貫くことを心掛けなければならない。

 このことと関連して考えなければならないことは、「大事と小事の見極めだ」と渋沢は続ける。失意時代には小事にも配慮するが、得意の時代には多くの人の思慮が逆になり、「なんのこれしき」と小事に対し軽蔑的な態度をとりがちになる。しかしながら、得意時代と失意時代とにかかわらず、常に大事と小事についての心がけを緻密にしておかなければ思わぬ失敗に陥りやすいことを忘れてはならない。

 誰でも大事を目前にすれば、これをいかに処置すべきかと精神を注いで周密に思案するが、小事に対しては頭から馬鹿にして不注意にやり過ごしてしまうのが人の常だ。ただし箸の上げ下ろしなどの小事に拘泥して精神を無駄に疲れさせることはない。また大事だからといってもそれほど心配しないで済むこともある。だから事の大小といっても、表面だけの観察で対処策を決めるわけにはいかない。小事がやがて大事になったり、大事と思った案件が小事になったりすることもあるので、よく考えて対処しなくてはならない。

 それでは大事に対処するためにはどうしたらよいか。まず事に当たって自分の道理にかなうやり方で処理できるかどうかを考えてみなければならない。ある人は自己の損得を第二に置き、その事について最善の方法を考える。またある人は自己の得失を先に考える。

 さらに何がなんでもその事を成し遂げたいと思う者もいる。逆に自分中心で社会への貢献など眼中に置かず、打算に走る者もいる。人の顔が異なるように一つの事に取り組む場合はひとによって様々な思惑がある。

 さて、それではお前(渋沢)はどうするか、と自分に問う。

 私(渋沢)なら、どのように対処すれば道理に適うかを考え、その道理に適ったやり方をすれば国家社会の利益になるかを考え、さらに自分のためになるかを考える。そう考えて見た時、もしそれが自己のためにはならないが、道理にも適い、国家社会にも利益をもたらすということなら、「余は断然自己を捨てて、道理のある所に従うつもりである」と述べている。

 さらに加えて、渋沢は言う。得意時代に調子に乗ることなく、大事小事に対して同一の思慮分別で臨むのがよい。

 水戸光圀公の壁書の中に「小なることは分別せよ、大なることに驚くべからず」とあるが、真の知恵者の言葉である。

5王道あるのみ

このイラストは蔣海倫が描きました

 「論語と算盤」の7章、「算盤と権利」の中で、「ただ王道あるのみ」という節がある。ここで渋沢が力説しているのが王道経営のすすめである。王道とは儒教の言葉で、有徳の君主が仁義に基づいて国を治める政道のことで、覇道(武力や権謀をもって支配統治する政道)と対極の言葉だ。

 仁義とは他人に対する深い思いやりを持ち道理に基づき行動することで、すでに指摘したように、孔子が目指す最高の道徳のことだ。

 「王道あるのみ」を説明するため、渋沢は卑近な例から始める。

 たとえば、一家族内でも、父子、兄弟、親戚までが各々自分の権利や義務を主張し、なにからなにまで法律の裁定を仰ごうとすればどうなるか。人間関係はおのずと険悪になり、人と人の間に壁が築かれ、ことあるごとに角突き合わせ、家族の団欒は望めなくなってしまうだろう。自分は富豪と貧民との関係も同じだと思う。資本家と労働者との間にはもともと家族的な関係が成立していた。この関係を今、急に法制化して取り締まろうとするのは、一つのアイデアではあるが、果たしてうまくいくだろうか。

 資本家と労働者の間には長年かけて培われてきた一種の情愛(信頼)がある。それを法律によって、労使双方が権利や義務を主張するようになれば両者の関係がぎくしゃくしてしまわないだろうか。ここは一番、深く研究しなければならない。

 こう前置きをした後、渋沢は持論を展開する。自分は法律の制定には反対しないが、法律があるからと言ってすべてを法の裁定に仰ぐなどはできるならしないほうがよい。

 「資本家は王道をもって労働者に対し、労働者もまた王道を以て資本家に対し、その関係しつつある事業の利害得失は、両者に共通することを理解し、相互に思いやりの心をもって対応すれば、初めて真の調和が得られる。両者がこのような関係になってしまえば、権利や義務の考え方はいたずらに両者の感情をぎくしゃくさせるばかりで、何らの効果もない」と王道経営のすすめを展開する。

 しかし、世の中にはこれらの点に深い注意を払わず、貧富の格差を強引に直そうと願う者がいる。貧富の格差は程度の違いはあるが、いつの世、いかなる時代にも必ず存在しないというわけにはいかないものだ。もちろん、国民すべてがみな富豪になるのが望ましい。だが人には賢さや能力に差があり、誰もが一様に豊かになることは望みえない。だから富の平等な分配などということは空想に過ぎない。

 さらに渋沢は舌鋒鋭く核心に迫る。「富む者がいるから貧者が出るという論法で、世の中がこぞって富者を排斥するなら、いかにして富国強兵を実現することができようか。個人の富は国家の富である。個人が豊かになりたいと思わなければ、国家の富はどのように増やすことができるだろうか。国家を豊かにし、自分も栄達したいと欲するので、人々は日夜努力するのである。その結果として貧富の格差が生ずるとすれば、それは自然の成り行きであって、人間社会の免れることのできない宿命と受け止め、諦めざるをえない」と。

 渋沢は人間の能力には個人差があり、能力のある者が努力し人一倍働き富を得る行為は、国家を豊かにする原動力である、と説いているのである。個人差を無視して、富者がいるから貧者がいるという理屈で、富の平等化を主張する考え方を厳しく批判している。

(注)この連載は毎週日曜日午後に掲載予定。次回は3月19日(日曜日)になります。
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三橋 規宏(経済・環境ジャーナリスト、千葉商科大学名誉教授)
1940年生まれ。64年慶応義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞社入社。ロンドン支局長、日経ビジネス編集長、科学技術部長、論説副主幹、千葉商科大学政策情報学部教授、中央環境審議会委員、環境を考える経済人の会21(B-LIFE21)事務局長等を歴任。現在千葉商大学名誉教授、環境・経済ジャーナリスト。主著は「新・日本経済入門」(日本経済新聞出版社)、「ゼミナール日本経済入門」(同)、「環境経済入門4版」(日経文庫)、「環境再生と日本経済」(岩波新書)、「日本経済復活、最後のチャンス」(朝日新書)、「サステナビリティ経営」(講談社)など多数。
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