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明治期の利益追求型経営者に警鐘

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【新1万円札の顔、渋沢が愛した資本主義(7)】「論語と算盤」に見る渋沢の経営哲学

公開日: 2023/02/19 (ビジネス)

渋沢栄一氏=PD 渋沢栄一氏=PD

三橋 規宏 (経済・環境ジャーナリスト、千葉商科大学名誉教授)

△品格のある経営を提唱

 渋沢は合本組織に基づく事業(株式会社)展開を理想としていた。日本国中から優秀な人材と資本を集め、世のため人のためになる事業を展開することが「国利民福」(国が利益を上げることが国民を幸福にする)に繫がると考えていたことはすでに指摘した。

 だが、日常の会社経営では利益を上げなければならない。利益を上げられなければ会社は潰れてしまう。理屈を述べるだけで利益を上げられない社員は落伍者の烙印を押される。

 新人でも中間管理職、役員などの経営陣でも会社という組織に属していれば、それぞれの部署で利益を上げ、会社から評価されたいと願うだろう。そのためには多少の法律違反、道徳違反にも目をつぶりたくなる。

 利益優先、出世したいと願う野心が会社発展の大きな原動力になることはもちろんである。だがそれが行き過ぎると、市場が混乱し機能しなくなる。岩崎弥太郎の三菱が政府の強力な支援を受け、海運業を独占した。

 顧客の囲い込みや競争相手が現れると輸送運賃を極端に引き下げ、相手を駆逐すると今度は逆に過度の引き上げに走るなどの行為が、市場経済を歪めてしまったことはすでに指摘した。渋沢はこんな反省を踏まえ、市場経済は自然に放置すると暴走してしまうことを鋭く見抜いていた。

 市場経済を健全に維持、発展させるためには、暴走を抑制するための法律、さらに会社経営に携わる個々人の道徳、倫理が欠かせない、と渋沢は考える。品格のある経営が彼の理想だ。

このイラストは蔣海倫が描きました

 渋沢が「論語と算盤」を出版したのは、76歳で現役を引退した時である。当時の実業界では道徳と経済は両立しないとする考え方が多数派だった。渋沢はこの考え方に強い危惧を抱いていた。「道徳か経済か」の二者択一ではなく、「道徳も経済も」でなければならない。さもないと市場経済は長持ちせず、必ず崩壊してしまうと渋沢は考えた。

 渋沢が道徳、倫理の教科書としているのはもちろん論語である。

 渋沢が論語に依拠することにした理由として、①昔(少年時代)から論語を読みその教えに共鳴していたこと、⓶学問上の理論でも宗教でもなく、日常生活に必要な人の道を説いていること、⓷その気になれば誰でも実践できる実用的で卑近な教えであること、などをあげている。

 そのうえで、「国の富みの根源は何かといえば、仁義道徳。正しい道理の富でなければ、その富は永続することができない。ここにおいて論語と算盤というかけ離れたものを一致せしめることが今日の緊要の務めと自分は考えているのである」と出版の動機を述べている。

 仁義道徳とは孔子が最も重視している道徳だ。仁とは他人への深い思いやり、義とは世の中の道理を意味している。利他主義と世の中の道理を守ったうえで利益追求を目指さなければ、事業は永続しない、というのが渋沢の事業観であり経営哲学である。

 渋沢の生きた明治初期から近代化の過程では、多くの実業家が、利益追求と道徳とは相反関係、別の言い方をすれば二律背反の関係にあるとみなしてきた。利益をあげるためには法律違反、道徳違反も時には止む負えない場合がる。

 さらに踏み込んでいえば、目先の利益追求のためには道徳は邪魔だ、道徳を守っていては会社がつぶれてしまうといった見方が支配的だった。だから道徳と経済を一致させる経営などありえないと考えられてきた。

 そんな時代風潮の中で、渋沢は次世代への遺言として「論語と算盤」を出版した。その影響は大きかった。本書出版当時、渋沢は500社近くの会社の設立に関わってきた。業種も、銀行、保険、ホテル、セメント、煉瓦、さらに製紙、製糸、紡績、造船、ビールなどの製造業、さらに鉱山開発、電力、ガス、鉄道、海運、陸運、倉庫など経済活動に必要なあらゆる分野で事業会社を誕生させてきた。

 それだけではない。東京証券取引所、産業界の意見を集約するための日本商工会議所、実業人養成のための商科大学(一橋大学)の設立にも関与している。

 さらに渋沢は社会福祉事業にも並々ならぬ覚悟で取り組んでいる。資本主義社会では、必ず少数の勝者と多くの敗者が生まれる。それは市場経済を基本とする限り避けて通れないことである。だからといって、貧者や生活困窮者を放置しておいていいわけがない。

 生まれながらにしてハンデキャップを持つ者、様々な理由で親を失い孤児になった子供たちには救済の手を差しのべなくてはならない。

 社会の明るい側面だけではなく裏側の暗い側面にも気を配らなければならない。渋沢が孤児院や貧民救済施設、病院設立など社会福祉分野に力を注いだ理由もここにある。渋沢は生涯に約500を超える企業の設立にかかわったが、さらにそれを超える約600の社会福祉関連の事業、施設の設立にもかかわっている。

 本書出版当時の渋沢は、経済界を代表する重鎮、大御所の地位を不動なものにしていた。民間人として最高の栄誉、子爵の称号も授与されている。それだけに、「論語と算盤」が実業人に与えた影響は大きかった。「論語と算盤」を一貫して流れる思想は、「品位のある実業人たれ」ということであろう。

 バブルが弾ける1990年初め頃までの日本の企業は、企業性善説、道徳と経済の両立、永続性、労使協調、終身雇用、年功序列型賃金制度など渋沢経営を柱として大きく成長し、日本経済の発展に貢献してきた。それを実現させた実行部隊が企業である。

 株主のための利益追求を最大目標に掲げ、不況になれば真っ先に人員削減に取り組むアメリカ型経営とは対極の経営だった。戦後日本の経済システムが渋沢資本主義といわれるのは、「道徳と経済の両立」を理念とする経営哲学が岩盤のように形成され、経済活動を支えてきたためだと筆者は理解している。資本主義の先進国、欧米ではあまり見られなかった現象である。

 渋沢が設立に関わった企業の多くは設立時に社訓や社則などの形で会社設立の目的、経営理念、使命感などを文字にして残している。表現こそ違うが渋沢が提唱した「道徳と経済の両立」の大切さが記載されている。しかもこれらの企業の多くは戦前、戦中を生き抜き、第2次世界大戦後も様々な困難、荒波を乗り越え大企業に成長し、現在も活躍している。

 連載の第二部では、渋沢資本主義、別の言い方をすれば、渋沢流の経営哲学で武装した多くの企業の活躍が相乗効果を上げ、第二次世界大戦で焦土と化した日本を立ち直らせ、60年代の高度成長時代を実現させる原動力になったことに触れる予定だ。そのためにも、渋沢哲学の原点となる「論語と算盤」の骨子を見ておく必要がある。

(注)この連載は毎週日曜日午後に掲載予定。次回は2月26日(日曜日)になります。
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三橋 規宏(経済・環境ジャーナリスト、千葉商科大学名誉教授)
1940年生まれ。64年慶応義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞社入社。ロンドン支局長、日経ビジネス編集長、科学技術部長、論説副主幹、千葉商科大学政策情報学部教授、中央環境審議会委員、環境を考える経済人の会21(B-LIFE21)事務局長等を歴任。現在千葉商大学名誉教授、環境・経済ジャーナリスト。主著は「新・日本経済入門」(日本経済新聞出版社)、「ゼミナール日本経済入門」(同)、「環境経済入門4版」(日経文庫)、「環境再生と日本経済」(岩波新書)、「日本経済復活、最後のチャンス」(朝日新書)、「サステナビリティ経営」(講談社)など多数。
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