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経営の真髄は利他主義

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【新1万円札の顔、渋沢が愛した資本主義(8)】「論語と算盤」から何を学ぶか

公開日: 2023/02/26 (ビジネス, ソサエティ)

渋沢栄一氏=PD 渋沢栄一氏=PD

三橋 規宏 (経済・環境ジャーナリスト、千葉商科大学名誉教授)

 「論語と算盤」の章立ては、「処世と信条」、「立志と学問」、「常識と習慣」、「仁義と富貴」、「理想と迷信」、「人格と修養」、「算盤と権利」、「実業と士道」、「教養と情誼」、「成敗と運命」の10章から成り立っている。

 市場経済の下で、企業が切磋琢磨し、公正な競争を通して発展していく姿が望ましいが、実際には不公正取引で利益をあげる企業が少なくない。それを防ぐためには企業に所属する構成員、新人から中間管理職、役員、経営トップに至るまで「道徳と経済の両立」を肝に据えて、毎日の業務に取り組んでいくことが望ましい。

 渋沢が遺言書として、本書を出版したのは、逆に「道徳と経済の両立」が実際のビジネスの現場では難しく、道徳に反する商取引が多発している現状に警鐘を鳴らしたいとの思いが強かったのではないだろうか。

 「論語と算盤」は実業人の生き方について、あらゆる角度から渋沢の人生訓や処世術、希望、期待が綴られている。渋沢が実業人の日々の行為の教科書として論語に依拠したのは、論語が倫理学、実学として誰でも取り組めるからだ。

 渋沢はキリスト教や仏教などの宗教には神や仏のような超越者を必要とする。それに対し儒教は孔子や孟子のような聖人が登場するが聖人も人間であり煩悩を持ち過ちも犯す。それを反省し悔い改めながら徳のある人間になるため努力を続ける過程が人生だと教えている。

 渋沢はこれから実業界に踏み出す多くの若者に読んで欲しいと願い、本書を出版した。本書の一読を薦めるが、筆者なりに本書から5つの企業経営に役立つキーワードをピックアップして紹介したい。

 これまでの連載部分で「論語と算盤」から引用した箇所がかなりあるので、読者の中には重複感をおもちの方もあるかも知れないご容赦願いたい。

Ⅰ 仁義道徳

 儒教が示す徳には「仁・義・礼・智・信」の五つがあるが、このうち、孔子の思想の中核を成す概念が「仁」だ。孔子自身は「仁」とは何であるかについて具体的な説明をしていない。だが孔子の言葉から解釈すれば、仁とは他者の心中を思いやることであり、深い人間愛のことである。人間行為の動機は大きく利己主義と利他主義に分けられる。

このイラストは蔣海倫が描きました

 実業の世界で利己主義を貫けばどうなるだろうか。「自分の利益さえ上がれば、他はどうなってもかまわない」という理屈で多くの実業人が行動すれば、騙し合いや不正取引が横行し経済活動はたちまち壊れてしまう。

 逆に「自分が豊かになりたいと思うなら、まず他人に豊かになってもらう」という利他主義に基本を置くなら、共存共栄が可能になる。売り手も買い手も世間も「ウインウイン」の関係が成立する。

 「義」とは人としての正しい行為のこと。世の中の道理である。社会の基本的な道徳を守って行動すること。孟子は孔子の説いた「仁」を発展させ、徳の最高目標として「仁義」を提唱した。孟子が「仁」に「義」を加え「仁義」道徳にこだわったのは、仁道徳だけだとは、時間の経過に伴い間違った解釈が横行しかねないからである。

 社会正義が強調され過ぎ、富や地位、手柄などはすべて悪だと曲解されるようになってしまった。同じ儒教といっても、江戸時代の武士の教科書とされた朱子学にその傾向が顕著で、「利益を上げるのは悪」、「お金儲けは武士の恥」、「欲望を抑えることが望ましい」などと解釈される傾向が強まっていた。

 仁の精神(利他主義)を持ち、世の中の道理(義)に従って、実業に従事し利益を上げる行為について何ら問題はないと孔子も指摘している、と渋沢は説明する。

 渋沢は孔子の次の語句を紹介する。「正当の道を踏んで得られるならば、執鞭(しつべん)の士になってもいいから富を積め、しかしながら不正当の手段をとるくらいなら、むしろ貧賤におれ」と。執鞭の士とはむち(鞭)を手にもって馬車をあやつる者のことで、転じて卑しい仕事に従事する者の意味である。

 「孔子は富を得るためには、実に執鞭の賤しきをも厭わぬ主義であった、と断言したら、恐らく世の道学先生は目を円くして驚くかもしれないが、事実はどこまでも事実である」と述べている。

2 士魂商才

 渋沢は実業人の心の持ち方として、士魂商才の大切さを強調する。本書の中で「昔、菅原道真は和魂漢才ということを言った。これは面白いことと思う。これに対して私は常に士魂商才ということを提唱するのである」と述べている。和魂漢才とは日本独自の精神と中国の学問を併せ持つことをいう。明治維新以降は「漢」に代わって「洋」が使われ、和魂洋才という言葉が使われるようになった。

 渋沢の造語、士魂商才とは、武士の精神と商人の才覚を合わせ持つこと。「実業人は士魂商才を身に付けなければならない」と渋沢は若者相手の講話で必ず口にしたという。

 道徳に裏付けられない商才は不道徳、欺瞞、外面ばかりで中身のない小手先、小利口に立ち回るだけの商才に堕ちてしまう。真の商才は道徳に裏付けられたものでなくてはならない。渋沢は道徳に裏付けられた精神として武士的精神をあげている。だが武士的精神のみに偏して商才がなければ、自滅を招いてしまう。だから士魂とともに商才がなければならない、と説く。

 渋沢によると、武士的精神は論語の徳が基調になっている。「ゆえに私は平生、孔子の教えを尊信すると同時に、論語を処世の金科玉条として、常に座右から離したことはない」と述べている。

 渋沢が「武士的精神」に言及する背景には、新渡戸稲造の著書、「武士道」の影響があるのではないか、と筆者は考える。新渡戸は1899年(明治32年)に「武士道」を英文で出版、1908年(明治41年)に日本語訳も出版された。欧米の知識人や政治家にも日本人を知るためのテキストとして広く読まれた。実業人として渋沢が獅子奮迅の活躍をしていた時代と重なっている。

 新渡戸は武士道がいかにして日本の精神的土壌に開花結実したかを解き明かす。新渡戸によると、日本人の精神風土は仏教、神道、儒教が長い歴史を経て融合し、独特の魂を創り出したと指摘する。新渡戸は、仏教が武士道に寄与したものとして、「運命に任すという平静なる感覚、不可避に対する静かなる服従、危機災禍に直面してのストイック的なる沈着、生を賤しみ、死を親しむ心」をあげている。

 神道の寄与として「わが民族の感情生活の2つの支配的特色と呼べるべき愛国心および忠義が含まれている」と指摘する。武士道の中に忠君愛国を吹き込んだものが神道に他ならないと指摘している。

 儒教に関して、「孔子の教訓は武士道の最も豊富なる淵源であった。君臣、父子、夫婦、長幼、ならびに朋友間における五輪の道は中国から輸入される以前からわが民族的本能の認めていたところであって、孔子の教えはこれを確認したに過ぎない」と述べている。

 そして、政治道徳に関する孔子の教訓は「治者階級たる武士に善く適応した」と強調している。忠君、愛国、自然に対する畏怖の念、ストイック、潔さ、他者への思いやり、約束遵守、不正を嫌い、道理を選ぶなどの日本の魂は封建社会が頂点に達した江戸時代、士農工商の身分制度のトップに立つ武士の生き方(武士道)として花開いた。

 明治維新に入り、身分制度に支えられてきた封建社会が終わり、武士道もなくなった。しかし武士道として開花した日本人の精神風土、日本人の魂は新しい時代に適応しながらもその本質は変わらず新たな時代の道徳として花を咲かせ生き続けるだろう、というのが、新渡戸が「武士道」で言いたかったことだろう。

(注)この連載は毎週日曜日午後に掲載予定。次回は3月5日(日曜日)になります。
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三橋 規宏(経済・環境ジャーナリスト、千葉商科大学名誉教授)
1940年生まれ。64年慶応義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞社入社。ロンドン支局長、日経ビジネス編集長、科学技術部長、論説副主幹、千葉商科大学政策情報学部教授、中央環境審議会委員、環境を考える経済人の会21(B-LIFE21)事務局長等を歴任。現在千葉商大学名誉教授、環境・経済ジャーナリスト。主著は「新・日本経済入門」(日本経済新聞出版社)、「ゼミナール日本経済入門」(同)、「環境経済入門4版」(日経文庫)、「環境再生と日本経済」(岩波新書)、「日本経済復活、最後のチャンス」(朝日新書)、「サステナビリティ経営」(講談社)など多数。
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