昨年12月29日に、中国EC大手のアリババ傘下の金融会社アント・グループが金融持ち株会社を設立し、金融事業の大半を移管することを検討していると報じられた。中国人民銀行は、この報道が事実であることを認めている。金融持ち株会社を設立すれば、銀行と同様の規制を受け入れることになる。それは、アント・グループが当局の軍門に下ることを意味しよう。
昨年11月上旬のアント・グループの上場延期以降、アリババ、アント・グループといったプラットフォーマーに対する規制強化が雪崩を打ったかのように進んできた。
12月26日には、中国人民銀行など複数の金融当局は合同で、アント・グループに対して、監督上の行政指導を行った。アント・グループが金融持ち株会社の設立を検討しているのは、この際の指導を受けたものだろう。
▽アントは大きくなりすぎて国家の統制に悪影響
12月27日には、中国人民銀行の潘副総裁がこの件で記者会見を行っている。それによると、中国人民銀行など規制当局はアントに対して、不健全な企業統治、市場での独占的な立場を利用して同業他社を排除したこと、消費者の利益を損ねたこと、などの問題点を指摘した。その上で同副総裁は、アントは十分な資本の確保と規制順守のために持ち株会社の設立が必要だと説明した。
また同副総裁は、今回の行政指導は、昨年末の中央経済工作会議でアリババやアント・グループなど巨大ネット企業、プラットフォーマーを念頭に置いた、2021年の重要な経済政策方針「独占禁止と資本の無秩序な拡大防止」に沿ったものと説明している。つまり、法とルールに従った措置であることを強調しているのである。
さらに同副総裁は、「フィンテックとプラットフォーム経済分野で重要な影響力のある企業としてアント・グループは国の法律・法規を自覚して順守し、企業の発展を国家発展の大局と融合し、企業の社会的責任を確実に担わなければならない」と発言している。
アント・グループの革新的役割と影響力の大きさを認めつつも、その発展が国家の発展と必ずしも整合的ではなく、また社会的責任を十分に果たしていない、との問題意識を同副総裁は語っているのではないか。民営企業も国家の発展のためにあるべき、との考えだろう。
習近平国家主席下での「国進民退(国営企業が躍進し、民営企業が後退する現象)」の流れをさらに進めるという中国政府の意志と、民間企業に勝手なことはもはや許さない、という強い決意が、アント・グループを巡る足もとでの一連の動きから強く感じられる。しかし、そうした政策には、民営企業のノベーションを損ね、近年の中国の高成長を支えてきた生産性向上のモメンタムを削いでしまうリスクがあるのではないか。
▽金融プラットフォーマーへの規制で中国は先行
欧米日本など先進国でもプラットフォーマーに対する規制が強化される方向にあり、中国でのこうした動きは先進国での動きと歩調を合わせているようにも見える。
しかし、先進国での規制強化の目的は、プライバシー保護、独占の排除を通じた市場の競争条件の回復、世論操作の排除などにある。他方、中国の場合には、大きくなり過ぎて国家にとって脅威となり、その統制に悪影響を及ぼしかねないプラットフォーマーの力を削ぐ、と言う点に最大の力点があるのではないか。
この点で、先進国と中国では、プラットフォーマーに対する規制強化の狙いは異なる。
巨大IT企業が金融分野に参入する金融プラットフォーマーに対する対応では、中国が先進国の先を行っている感が強い。米国あるいは日本では、非金融機関である金融プラットフォーマーの金融業への参入を当局が受け入れ、あるいは背局的に促す方向にある。
日本では、それを通じて金融分野でのイノベーション、金融サービスの利便性向上を狙っているのである。そのために、金融機関と金融プラットフォーマー(あるいはフィンテック企業)が同じ条件のもとで競争できる法的体系を整える途上にある。
中国では、当局が黙認している間に、アント・グループなど金融プラットフォーマーが急成長を遂げ、その一方で金融業のビジネスを圧迫していった。
金融プラットフォーマーに対する規制強化は、段階的に行われてきたが、昨年末からそれが急加速したのである。そして、アント・グループが金融持ち株会社を設立すれば、非金融機関が厳しい規制を受け入れて、金融機関に同化していくきっかけになるのだろう。
当局からすれば、金融プラットフォーマーを既存の金融監督の枠組みに取り込んでいくことになる。
先進国でも、金融プラットフォーマーの金融分野への参入をより認めることは、自己資本規制など金融機関並みの規制を受け入れさせることと交換条件である。金融プラットフォーマーを既存の金融監督の枠組みに取り込んでいく中国での動きは、先進国での将来の姿を先取りしているのだろう。
中国当局 金融プラットフォーマーの力削ぐ |
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【木内前日銀政策委員の経済コラム(85)】アント、金融持ち株会社設立で強い規制を受け入れへ
Reuters
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木内 登英(前日銀政策委員、野村総研エグゼクティブ・エコノミスト)
1987年野村総研入社、ドイツ、米国勤務を経て、野村證券経済調査部長兼チーフエコノミスト。2012年日銀政策委員会審議委員。2017年7月現職。
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