緊急事態宣言の再発令を受けて、飲食業で働く非正規労働者を中心に、雇用・所得環境が再び悪化する可能性が高まってきた。その際、救済の手を差し伸べる必要性が高いのは、休業扱いを受けながらも休業手当を支給されない「隠れ休業者」だ。彼らは失業していないため、失業手当も受け取ることができず、生活は困窮しやすい。
総務省の労働力調査によれば、休業者数は2020年1月の194万人から、コロナショックを受けて同年4月には597万人、前年同月比+420万人まで急増した。しかしその後は減少傾向を辿り、同年11月には176万人と前年水準を僅か15万人上回る程度となっている。
この労働力調査では、自宅待機を命じられて調査期間中に全く仕事をしなかった者のうち、従来通りの給料あるいは休業手当を受け取っている雇用者が、休業者となる。ところが実際には、自宅待機を命じられながらも休業手当を受けていない、この統計には計上されていない「隠れ休業者」が多く存在している。
企業の都合で休業状態においた雇用者に対して、企業が休業手当を支払わないのは、違法行為である。労働基準法第26条では、企業側の責任で雇用者に休業を命じる場合には、休業部分に対して60%以上の休業手当を支払うことを求めている。休業手当を支払わない場合には、30万円以下の罰金が科せられる。
機能しなかった「雇用調整助成金」
企業は、雇用者を休業扱いとすることで解雇を回避できる場合に、支払う休業手当の一定割合を、「雇用調整助成金」として受け取ることができる。コロナショックを受けて、助成率や助成金の上限が引き上げられる特例措置も講じられてきた。
しかし当初、この「雇用調整助成金」の申請はなかなか進まなかった。事務手続きの煩雑さが、その最大の理由だったとみられる。それが、休業手当が支払われない「隠れ休業者」を多く生んでしまったのである。
「雇用調整助成金」は、企業が申請する制度であるため、休業状態に置かれている「隠れ休業者」は、なすすべがなかった。そこで、彼らが自ら申請することで、失業手当に類する手当を受給できる「休業支援金」制度が、昨年6月の2次補正予算で新設された。企業の休業手当未払いという違法行為を前提とする、異例の制度である。そのもとでは、上限1日1万1,000円で、休業前の給与の8割の支援金が受けられる。
ところが、この「休業支援金」制度も上手く機能していない。予算額5,442億円のうち、支給決定総額は1月7日までで582億円と、1割程度にとどまっている。
「休業支援金」の申請は雇用者自身が行うことができるが、当初は、休業状態を証明する企業側が発行する資料の提出が必要とされた。申請すれば、違法に休業手当を支払っていないことが当局に発覚することを怖れる企業が、資料の発行を渋るケースが多かったようだ。その後は、企業側が発行する資料の提出は必須でなくなったが、申請によって企業から不当な扱いを受けることを怖れる雇用者は、申請を見送るケースもあるだろう。
焦点はシフト制の非正規労働者に
現在、「隠れ休業者」救済の焦点は、シフト制で働く非正規労働者の扱いになってきている。労働力調査で定義される休業者は、自宅待機を命じられ全く働いていない雇用者だが、労働基準法で定義されている休業には、労働時間の一部についての休業も含まれる。企業側の都合で、あらかじめ定められた労働時間を短縮する場合、その部分について賃金の60%以上の休業手当を支払うことが企業に義務付けられる。
ところが法的にグレーなのは、あらかじめ決まった労働時間がないタイプのシフト制で働くパート、アルバイトが、企業によるシフトの調整を通じて、労働時間を削減されるケースだ。もともと労働時間が定められていないのだから、シフトを調整しても休業手当を支払う義務はない、と説明している企業は少なくないだろう。
野村総合研究所の昨年12月の調査によると、新型コロナウイルス感染拡大の影響でシフトが減少するパート・アルバイト女性のうち75.7%が、休業手当を「受け取っていない」と回答している。
田村厚労相は1月15日の記者会見で、雇用調整助成金制度はこうしたシフト制の非正規も対象となる、と明言している。また同日に西村経済再生相も、休業支援金制度は、シフトの減少による休業も対象になる、と説明している。これらは特例措置ともみられるが、今やシフトの減少による労働時間の縮小も、雇用調整助成金制度、そして休業支援金制度の対象になるのである。
ところが、この点は、企業側、労働者側に十分に認識されてない。上記の野村総合研究所の調査によると、シフトが減少するパート・アルバイト女性のうち、休業支援金制度の存在を知らなかったとの回答が59.2%と、依然6割を占めているのである。
今回の緊急事態宣言の下では「隠れ休業者」、特にシフト制で働くパート・アルバイトの雇用者を救済することが、喫緊の課題となっている。コロナショック、緊急事態宣言という大きな環境変化に、企業や雇用者を支援する制度設計が追い付かず、また新たな制度を導入しても、それが十分に認知されないという問題が浮かび上がってきた。
新たな制度を広く企業と雇用者にしっかりと周知していくことは、2回目の緊急事態宣言の下での政府の優先課題の一つだろう。
休業手当もらえない「隠れ休業者」を救え! |
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【木内前日銀政策委員の経済コラム(86)】知られていない「休業支援金制度」、企業や雇用者に周知せよ
Reuters
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木内 登英(前日銀政策委員、野村総研エグゼクティブ・エコノミスト)
1987年野村総研入社、ドイツ、米国勤務を経て、野村證券経済調査部長兼チーフエコノミスト。2012年日銀政策委員会審議委員。2017年7月現職。
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