巨大企業・東芝を揺るがす「不適切会計」問題。金融商品取引法が定める有価証券報告書提出期限の2ヵ月延長を余儀なくされ、3月末基準の株主への配当を無配にするなど事態は泥沼化し、田中久雄社長(64)の引責辞任は不可避と見られている。
「不適切」とされる中身は「原価の過小見積もりによる利益のかさ上げ」。経営陣は4月3日に問題を知らされた。第三者委員会による調査を経た5月13日、東芝は過年度修正の対象をインフラ関連事業に限定し、期間を2012年3月期〜14年3月期の3年間としたが、同22日には対象をテレビやパソコン、半導体に広げ、期間も11年3月期以降の5年間に拡大。もはや特定の個人やグループによる単発の不祥事ではなく、東芝の経営体質に巣食った〝病巣〟が明るみに出たと解釈した方が適切だろう。
今回の問題発覚のきっかけが証券取引等監視委員会(日本版SEC)への内部通報だったことで〝病巣〟の片鱗が垣間見える。「不適切会計」が行われた背景として、経営陣から現場の各事業部門に対する予算達成の圧力が強かったことが挙げられており、「強いプレッシャーに対する現場の反発がSECへの内部告発に結びついたのでは」(総合電機担当の証券アナリスト)との見方が市場関係者の間では有力なのだ。
問題が発覚した直後、社内でまず話題になったのが「NS戦争」といわれている。2代前の社長(現相談役)である「N」こと西田厚聰(71)と、前社長(現副会長)の「S」こと佐々木則夫(65)がリーマン・ショック後の業績回復の成否をめぐり激しく対立。佐々木から田中への社長交代を発表した13年2月26日の記者会見では、当時会長として会見に出席していた西田が「(次期社長の田中には)もう1度、東芝を成長軌道に乗せてほしい」と発言したのに対し、副会長という〝中2階〟のポストに棚上げされることになった佐々木が「成長軌道に乗せる私の役割は果たした」と真っ向から反論する一幕があり、図らずも両者の確執が公衆の面前であからさまになった。
さらに3ヶ月後の5月下旬、西田は週刊現代の記者に「佐々木体制の4年間は僕が期待したものではなかった」「彼は年度の初めに立てた売上目標を1度も達成したことがない」などと痛烈な佐々木批判を行い、それがセンセーショナルな見出し(「『社長をクビにした理由』を本誌にぶちまけた!」)で記事になったのである。