欧州のEV化を取り上げたが、今回は自動車大国の米国だ。バイデン大統領が就任以来、もっとも傾注している政策分野が温暖化防止とそれに不可欠な自動車のEV推進である。
難航を続けている3.5兆ドルに及ぶ「より良い復興(Build Back Better)」プランの柱がEV化推進のために全米に充電ステーションを拡充するなどの気候変動対策である。
米国のEV化には欧州あるいは日本と違った特色がある。第一には我々日本人はとかくワシントンにおける政策動向やカリフォルニア、ニューヨーク州などいわゆるブルーステート(民主党の支持基盤)に焦点を当てがちだ。
しかし、中西部や南部のレッドステート(共和党の支持基盤)では必ずしも気候変動の問題が大きく関心を呼んでいるわけではない。ここでは当然、気候変動問題を軽視していたトランプ前大統領の支持者が多い。かつSUV、ピックアップトラックなど大型車の人気が高い。先進国では最もガソリン価格が安いことも影響している。
従って、米国のEV化にあたっては、温暖化防止に中西部、南部でも国民の関心を引き寄せることができるかが重要だ。またバッテリー容量の大きい大型車の開発が進むか、その場合、価格面でもガソリン車と比肩しうるようにならなければ買い手は限られてこよう。
前置きが長くなったが、本題に入ろう。まず、熱心にEV化に取り組むフォードでは、40年間もベストセラーを続けているF-150 (ピックアップトラック)の電動化に取り組んでいる。Fシリーズトラックはフォードにとってまさにビジネスの骨格にあたる。約1,000億円をかけてEV用の新工場を立ち上げた。
欧州や中国のEV化進展に歩調を合わせて米国でも歴史ある自動車メーカーがEV化に彼らの将来をかけるようになっている。フォードは2025年までに300億ドル(3.3兆円)、GMでもやはり同期間中350億ドル(3.8兆円)をEV開発に投資する。
米国は最も成功した世界一のEVブランド、テスラを生んだ国である。しかし、同時に米国の国民は欧州、中国の人々と違いEVに対して最も懐疑的な目を向けている人たちとも言える。つまり、米国のドライバーたちはピックアップトラックやSUVに代表される大きな車を好み、長距離を走り、安いガソリンを享受している。
したがって米国民はEVに対しては一貫して冷ややかな視線を送ってきた。ちなみにEV比率は2020年で欧州10%、中国5.7%、米国は2%に過ぎない。
しかし、気候変動による未曽有の規模の大洪水、ハリケーン、山火事を経験して気候変動を防がなければならないという意識は強まってきた。カリフォルニア州は2035年までにガソリン車を撤廃する考えを示した。
この両者をつなぐものが、長い走行距離、高性能を誇る、大型車のEVの完成である。F150の需要家のニーズに見合った電動化が成功するかどうかがその試金石となろう。フォード車側は2030年までにピックアップトラックの1/3を完全電動化する方針を発表している。またGMでもHummerのピックアップトラックに続いてSUVもEVの新型車を発表した。
米国自動車産業のテーゼはbigger is better(大きいことはいいことだ)であった。このためピックアップトラックやSUVが好まれてきた。高人件費など固定費の高さを賄うためには自動車メーカーが利益率の高い大型車を嗜好するのも当然であった。
また、それは消費者の好みにもマッチするものであった。2020年の米国の新車販売台数の1,440万台のうち普通乗用車は1/4に過ぎない。フォードがFシリーズを79万台も売るはずである。
今後、20~30年の間における気候変動のコースに重大な影響を与えるであろう。バイデン大統領は排出ガスゼロ、脱炭素社会のリーダーたらんとしている。そのなかで米国の運輸セクターは、2019年における温室ガス排出量の29%を占めている(米国エネルギー省発表)。なお、米国における国民一人当たりの温暖化ガス排出量は先進国平均を7割方上回っている。
従って、バイデン大統領の気候変動対策は、自動車部門に大きな焦点を当てている。8月には「2030年までに販売する新車の半分以上はEV車にすること」との大統領令を発した。フォード、GMなどが大統領の要求に応じた。フォードは米国メーカーの中でもっとも、トラックなど大型車のEV化に熱心である。
しかし、GMのHummer、シボレーのピックアップトラックであるシルバラードなどフォードFシリーズの競合相手やテスラなどが「サイバートラック」を発表しており、この分野での競争は激しい。各社は消費者にEV車でもガソリン車と変わらないパワーがあることを見せつけねばならない。
大型トレーラーをけん引する力も必要であろう。もっとも、強力なバッテリーでも超軽量化しなければ、極端な話、バッテリーの重さに耐えかねてモーターウェイを破損してしまう恐れもある。
テスラーがEV車はクール、との認識を広めた。しかし、カリフォルニアやニューヨークでそれが受けたとしても中西部などにおける伝統的なトラック愛好者に打ち勝つには至っていない。これには政治も関係する。
環境問題に配慮するカリフォルニアやニューヨークなど政治的に自由主義の根付く、民主党の支持基盤ではテスラーは支持される。しかし、保守的な中西部や南部ではそうはいかない。むしろ、ガソリン車とのコスト比較したうえで経済パーフォーマンスが優れていることが要件となる。
広大な国土を走行する米国では一回の充電で走れる走行距離が一大問題だ。今でも1万ドル余計に払えば300マイルまで走行距離が延びるF-150 がオプションとして存在する。しかし、それでも首都ワシントンからオハイオ州にたどり着くのがやっとだ。消費者の満足度は高くはないであろう。
現在のところ、全米に5万5千カ所のバッテリー充電ステーションが設けられている。ガソリンスタンドの半分に過ぎない。バイデン大統領は、これを50万カ所と現在の10倍弱に広げる、と大風呂敷を広げた。しかし議会が承認した予算は75億ドルとバイデン案の半分のステーションしか設けることはできない。
F150のEV化はゲームチェンジャーとなりうるかの試金石である。全米の路上には三億台の車両が往来している。9月の新車販売台数は年率1,200万台強である。単純に計算して全部置き換わるのに25年かかる。
たしかにフォード、GMなどは大型車のEV化ラインを揃えてきた。しかし、需要家であるドライバーがEVに早急に切り替えない限り、「2030年までにEV車を半分にする」というバイデン大統領の目標達成は難しいと言えよう。