中国当局による中国企業に対する一連の取り締まり強化が続いている。ジャック・マーが経営するアントグループの株式新規公開(IPO)を直前に差し止めたことに端を発して、NY上場を果たした滴滴出行などに対する立ち入り検査、最近では学習塾に対する営業禁止、オンラインゲームの自粛指導など枚挙にいとまない。
こうした中で、中国テック企業6社の時価総額は今年2月のピーク(約2.6兆ドル)と比べて1.1兆ドル(約120兆円)が吹き飛んだ。なかでもアリババとテンセントは2月に比べて時価総額が40%も落ち込んだ。
今回の措置について新華社通信では、共産党トップの発言として「海外上場の企業に対する規制監督の在り方を改善する狙い」と伝えている。しかし、まだ問題は終わっていない。習近平政権は、彼らの目から見て放逸を極めた民間企業への指導を強化、「国家目的に沿う奉仕を通じて中国共産党の経済・社会政策上あるいは国家安全保障上の目標達成に貢献すべき」と考えているようだ。
中国のテック企業、海外投資家等は、このような中国当局の大いなる野心があまりにも重大で、かつ予測がつかないことに戸惑っている。もちろん、中国当局にとって、テック企業は金の卵を産むニワトリであり、海外投資家とも経済建設のために長い目で見て協力していかねばならないとは思っているはずである。
しかし、まずは徹底した規制強化でテック企業を締め付けて共産党の指導に従わせることを最優先している。このような姿勢を通じて、貧富の格差、教育・住宅コストの増大などに起因する一般国民の不満を抑えることにつなげて、来年の共産党大会を見据えて習近平体制を盤石なものにする狙いが透けて見える。
中国当局は、昨年11月に370億ドルというアラムコに次ぐ規模となるはずであったアリババの傘下にあるアントグループのIPOを差し止めた。その後、アリババはさらに独禁法違反として28億ドル相当の史上最大の罰金を科せられた。
独禁法上の措置あるいはデータ保護体制の不備、社会の平等性維持に対する違反として50社以上を摘発した。7月10日、テンセントも系列のゲーム動画配信サイト2社の合併を独禁法上の観点から認可されなかった。
当局による規制監督はさらに強化された。6月末に配車アプリの滴滴出行(DiDi)がNY市場でのIPOを通じて44億ドルを調達した。その数日後というタイミングでDiDiに対するサイバーセキュリティー審査と立ち入り検査を敢行した。当局はIPO以前から同社に対してサイバーセキュリティー対策が不十分と警告を発していたようだ。
最近では、当局が1,000億ドル規模と言われる学習塾・予備校に対する非営利化を命じた。洋の東西を問わず子供に高等教育を受けさせたいという親の気持ちは同じだ。しかし、一流大学に入るには学校後の個人授業などが不可欠であり、物価の高い一線都市では教育費の44%がそうした学習費用に充てられているとの調査もある。当然、上場している大手業者の株価は暴落した。
若者の間でブームのゲーム産業にも規制の波は及ぶ。新華社通信がオンラインゲームに対して「アヘンのように心を蝕(むしば)む」と批判を繰り広げた。これによりオンラインゲームの最大手テンセントの株価は11%も下落した。
中国でアヘンと言えば英国とのアヘン戦争を想起させる国家の衰退につながるイメージだが、あえてその言葉を使ってオンラインゲームの盛隆を牽制したのであろう。また出版、映画、ゲーム等の適正さを定める共産党の中央宣伝部はゲームのコンテンツにおいてアルゴリズムの役割を制限する新たな規制を発表した。これもバイトダンスやテンセントを標的としたものだ。
このような中国当局の唐突な取り締まり強化が投資家のセンチメントが脆弱性を強めたため、上記のような株式市場での大量売り浴びせにつながった。7月中のゴールデン・ドラゴン株価指数(中国のテック企業を集めた株価指数)はわずか1か月で22%も下落、2008年尾グローバル金融危機以来の下落幅となった。
IPOもNYのみならず、上海、深圳、香港をも合わせたグローバル・ベースで第1四半期の153億ドル、第2四半期の60億ドルと低調を極めている。
中国の当局者は決して中国をグローバル化の流れから隔絶させることを狙ってはいないと言明している。しかし、この言葉を信じる関係者はおらず、当局が今後も中国国民の不満の高まりを背景にした資本主義的な振る舞いを是正する措置を打ち出してくるものとみている。
たしかにテック企業や学習塾、オンラインゲーム業者などがやりたい放題に見えたのも事実だ。ある中国通は「いままでが独禁法の運用などが甘く、Eコマースのアリババのように優越的地位を利用して市場の独占を図ってきたのも事実だ」と当局の姿勢に理解を示していた。当局もアリババなどに対して独禁法上、過大な市場シェアを有する先のシェア削減を求めるといった強力な指導も打ち出している。
米中対立の激化によって、米国サイドも中国企業の財務内容の透明性を図る法律を成立させるなど、中国と対立が深まっている。米国当局に財務上の必要データとして中国消費者、政府機関の詳細情報を要求されることを中国当局は警戒している。
現に関係者のメールのやり取り、契約書、金融取引の記録などが押収されている。中国当局はさらに適用範囲を拡大して調査を進めており、詳細な規則を適用するものとみられる。
これから先の展開は肝心の当局者すら見えていないようだ。習近平主席は社会的、経済的ならびに国家安全保障上の観点から長期間かかるような軌道修正が必要だと言明している。
今後、当局が攻勢をかけてくる分野はテック企業にとどまらず、教育、健康、住宅産業など人口減少が進む中で重要な産業に広げてくるであろう。住宅については新卒者の給与の40%が家賃で消えている。6月の70大都市の新設住宅価格は4.7%も上昇しており、一般国民の不満を抑えることがと当局としても急務となっている。
貧富の格差が拡大する中で多くの国民の不満を解消する狙いがあるのは明らかだ。当局の指導は配車アプリのフードデリバリーに従事する運転手の待遇改善まで踏み込んでいるのはその証である。
今回の主要ターゲットは、これまでのところ、米国上場を目指すようなテック企業が中心であっただけに世界の投資家に与える影響は甚大である。NY市場の関係者は、中国当局の姿勢変化が最終的に見えてくるまでおそらく、あと数年はかかると踏んでいる。
投資家は規制が一段と強まるのが必至の情勢の中で今後の投資をどう考えるべきか。厄介なのは証券監督、金融監督当局などの現場でなく、共産党トップレベルが国家安全保障、繁栄の共有など、より高い次元からテック企業への規制強化などを指示することだ。
米国の証券会社等では中国テック企業から東南アジア地域へのシフトを推奨している。また長期的にみれば、NYから上海、深圳上場へと切り替えることは中国の利益につながるという見方もある。ちなみに中国企業でも半導体、電気自動車、AIなど国益上重要なセクターは国内市場に上場している。
いずれにしても欧米の投資家が殺到して高値を付けた、あるいはそれを狙って中国企業がNY市場に押し掛けた時代は終わったようだ。ゴールドマン・ザックスやモルガンスタンレーなどNY上場で荒稼ぎをしてきた米国金融機関も新たな戦略を考えていよう。今回の最大の教訓は、中国を支配しているのは唯一絶対の中国共産党であるということだ。