国際金融界で仕事をしていた者にとって、スイスの三大銀行の一角を占めてグローバルにも一頭地を抜いて活躍していたクレディスイスが資産の大幅減少、収益の悪化に悩む姿には隔世の感を感じる出来事である。
過去に遡ると、クレディスイスは1988年に米国のファーストボストンを買収して以来、米国に本拠を置いて投資銀行ビジネスを展開してきた。ファーストボストンは、1959年、日本政府による第二次大戦後初の海外起債による国債の単独引受幹事も務めたことで日本でも知名度が高かった。
その後、1990年代後半から2000年代にかけて普通株引き受け業務(アンダーライティング)やM&Aのアドバイザリー業務、ジャンク債引き受け業務などでは米国の投資銀行に伍したグローバルな存在であった。ジャンク債引き受けの年間ランキングで世界1位となったことがあるほか、アンダーライティング、M&Aでも常に同3~4位と欧州の銀行ではドイツ銀行とともに米国勢と競うことのできる存在であった。
しかし、米国投資銀行との熾烈な競争の中で無理な拡大主義がたたり、多くの不祥事を起こして顧客ならびに市場からの信頼を落としていった。
最近も数多い不祥事や投資損失を起こしている。2017年にはリスクの高い住宅ローンの証券化・商品化商品の販売で米国司法省に提訴されて58億ドルの和解金を払った。2021年3月には経営破綻した英国のグリーンシルへの融資焦げ付き、アルケゴス・キャピタル・マネージメントの運用失敗で44億スイスフラン(約5,200億円)の損失が生じて経営幹部が辞任を余儀なくされた。
このため、クレディスイスは米国投資銀行との競争で収益の安定的稼得が難しい投資銀行部門を縮小して、富裕層ビジネスやアセットマネージメントなど安定的な収益の望める部門への資源シフトを進めてきた。
投資銀行部門については証券化事業の一部を米国投資ファンドに売却するほか、投資銀行部門の花形といえる株式・社債発行、M&Aアドバイザリー業務は分社化する方針だ。投資銀行部門の売り上げの全体に占める割合を2018~2022年平均の43%から2025年には14%まで縮小する計画である。
クレディスイスが上記のように事業再編を急いできたのは業績低迷から一向に脱する兆しがみえないことだ。2022年第三四半期まで4四半期連続の赤字となった後、同行では4四半期の税引き前利益も150億スイスフラン(2,200億円)の大幅赤字となりそうだ、と予測をしている。
収益悪化の背景は、ソーシャルメディアによる大々的な経営悪化報道もあって、顧客が資産を引き揚げるなど大規模な資産流出に見舞われたことだ。深刻なのは稼ぎ頭と目された富裕層ビジネスで第四半期に赤字が出そうなことだ。
通年としても部門別収益が把握できる最近20年間で初の損失を計上しそうなことだ。すでに投資銀行部門ならびにトレーディング部門は大幅赤字の計上が確定的であり、今年10月に策定した経営再建計画は最初からつまずきそうな情勢だ。
第4四半期入り後の資産流出は既に第三四半期の3か月間を上回る規模の預金ならびに純資産の減少を見るほど加速している。主力のウェルスマネージメント部門ではアジア地域など海外の主要顧客も含めて全体で10%の減少を見て、第三四半期末の運用残高は635億スイスフラン(SFr)まで落ちこんだ。
その後も同部門の運用残高は10月初から11月12日まででさらに10%も減少している有様だ。グループ全体ではウェルスマネージメント、アセットマネージメント、リテール業務合わせて840億スイスフラン(12兆5千億円)の流出とグローバル金融危機時をも上回る規模となっている。
同行の株式は11月23日、1日で6.1%の大幅下落となって3.62SFrと1975年以来の安値に落ち込んだ。今年に入ってからの通算下落率は60%に及んでいる。11月23日の臨時株主総会で90%の株主がサウジアラビア・ナショナル・バンク(9.9%の大株主に登場する)などを含む40億SFrの増資に賛成した。
同資金を使って2025年までに9,000人の人員削減で従業員数を4万3千人まで削減する大リストラに着手する予定だ。もっとも、すでに有力なディーラーや優秀なプライベートバンカーの大量退職が報じられている。
顧客の反応を見ると、不調を続けてきた投資銀行部門に代えてウェルスマネージメントを重点分野とするものの、資金流出が止まらないため将来像に不安を感じている顧客が多く、他社への預け替えが進んでいるようだ。
現にクレディスイスが大量の資金流出に見舞われている間に、同じスイスに本拠を置くUBSのウェルスマネージメント部門は第三四半期で170億ドルの新規流入を見たほか、ジュネーブのプライベートバンク専業であるジュリアス・ベアは7月から10月までに43億ドルの新規流入を見た。
流動性比率をみても9月末の192%から現在では120~140%まで落ち込んでいるとみられる。規制当局の最低要求水準は100%である。普通株などの中核的自己資本比率については2022年9月末の12.6%から2025年までに13.5%をクリアすることを目標とする。
リーマン会長が「新しいクレディスイス」を標榜して作成した経営計画では税引き前利益は今年の急激な損失から回復して23年が収支トントン、25年から黒字に転化して25年には40億SFrの黒字を達成する計画となっている。
25年にはウェルスマネージメントが営業利益段階では黒字の半分を占める意欲的な計画だ。しかし、同行からの富裕層の脱出はこの見通しが達成される目算を狭めていると言えそうだ。