中国は数千年前に紙幣を初めて作り出した。そして今日、中国人民銀行はカリブ海のバハマに次いで中央銀行デジタル通貨(CBDC)を流通させようと、実証実験を進めている。実証実験は深圳市などで50万人以上が参加して最終段階にあるとみられる。
電子的な決済の分野では、すでにアップルペイ(米)とかウィーチャット(中)などの決済アプリが世界中で使われており、この分野での先鞭をつけた。しかしながら、法定通貨それ自身をコンピュータ上のコードに置き換えるCBDCでは主要経済大国のなかでは中国が初となる。
また、ビットコインのような仮想通貨は将来のデジタル通貨がこうなるであろうという潜在的な姿を描き出してくれた。ビットコインが2009年に創設された際に中国の政策当局者は、仮に国民が熱心に仮想通貨を使いだすと通貨主権を脅かすことになると懸念した。
中国人民銀行の周総裁(2002-2018年在任)は当時、ビットコインが通貨主権を脅かすことを懸念して2014年に中国人民元の中央銀行デジタル通貨の創設研究チームを立ち上げた。中国におけるデジタル通貨開発のきっかけである。。
ビットコインなどの仮想通貨は価格が大きく動くことで知られている。しかし、人民銀行は法定通貨であるデジタル人民元は紙幣、硬貨の価値と全く同じであり、浮動性はないと確約している。
デジタル通貨の偽造防止についても完璧で人民銀行以外には発行できないと説明している。人民銀行は安全性とプライバシー保護の観点からまず個別に発行上限を課するとしている。
デジタル人民元はサイバースペース空間の中で、例えばアプリを取得したうえ、スマホの画面に毛沢東主席の顔が映ってパネルタッチで決済完了となるようなイメージだ。ただ目下のところ、スマホ操作になじまない高齢者も数千万人に達することなどから紙幣、コインも残した上で流通させる意向のようだ。
繰り返しになるが、デジタル通貨は中央銀行によって発行され、コントロールされる。紙幣と異なりデジタル通貨では電子的な情報がコンピュータに残るので匿名性を保持できない。中国人民銀行によって、中国経済における資金の流れ、国民のお金の使い方などを監視できることになる。
デジタル通貨はリアルタイムで発行され、災害にあった被害者や詐欺にあった被害者が当局に駆け込めば相手をすぐに識別することができるようなメリットもある。とともに習近平主席による専制政治を一段と強化する新たな権能を増やすことになる。
既に中国ではアリペイやテンセントなどのデジタル決済の情報が政府に筒抜けになっていることはよく知られている。また中国では町中に設置しているカメラで数億人の顔認証ができるようになっている。ただちに道路での横断違反者に罰金を科すことも始まっている。
デジタル通貨の導入で、違反行為を見つけたら直ちに罰金の支払いを命じることもできよう。逆に言えば、いまさらデジタル通貨から得られる情報にたよらずとも個人情報の管理はすでに万全である。
また政府は、ドルが圧倒的な地位を占める国際的な資金決済の世界においてもデジタル人民元の利用拡大を通じて国際的な決済シェアを引き上げたい考えだと言われる。BISの調査によれば、ドルは国際的な決済通貨として88%のシェアを誇っている。一方で人民元は4%に過ぎない。
しかし、いまのところ、デジタル人民元がドルに代わって国際的な銀行の決済上の地位を占めることはなかろうと予想されている。国際通貨というのは貿易取引などにおける他通貨との交換性、資本取引や直接投資における自由度などによって決定される。この点、中国は米国、ユーロ圏に比べてはるかに及ばない。
さらにドルの国際的な資金決済は、ブラッセルに本拠を置く国際銀行通信協会(SWIFT)の大規模システムを通じる銀行間決済で行われている。同システムは、世界一の効率性、信頼性を誇るクロスオーバー(国境を越えた)決済システムである。
デジタル人民元は経済合理性の観点からの国際化は果たせないかもしれないが、その存在は政治的には有効であろう。米国は、いわゆる「ドルの武器化」を政治的に利用してきた。米国は核開発を進める北朝鮮、イランに対する経済制裁を行い、彼らの経済の締め付けに大きな効果をあげた。
スイスの銀行は有名な守秘義務を盾に8年前、脱税に関する決着で米国政府の憤激を買った。2月のミャンマーでのクーデターでは米国はミャンマー国軍幹部の金融資産を凍結する制裁を打ち出した。米国財務省の制裁対象国家ならびに個人に関するデータベースは事実上、地球上のすべての国家が対象に含まれている。
デジタル人民元は米国の知らないところで決済することができる。ドル決済ではないので米国の監視下にある銀行間国際決済システムであるSWIFTを利用する必要がない。このような米国の制裁能力を弱める機会を与えることがデジタル人民元導入の「核心的な」狙いかもしれない。
米国の制裁対象が急速に拡大しており、中国では今や250先以上が登録されている。国際的利用が限られた分野となるとしても、ファーウエイなどの中国企業、経営者が米国から経済制裁を課される時代にあっては彼らにとって大きな救いとなるかもしれない。
香港のキャリーラム行政長官も市民の自由を奪ったとして制裁対象とされて、長官は自宅に現金を積み上げている、と伝えられる。銀行預金として預けていれば銀行自身が制裁対象となってしまうからだ。米国が決済情報をうかがえないルートの開発は政治的にはメリットがあると言えよう。