地球温暖化防止の切り札として、ガソリン・ディーゼル車から電気自動車(EV; Electric Vehicle)へのシフトが叫ばれている。実際に世界の自動車に占めるEV車は現状では1%に過ぎない。
しかし、今後、多くの国がゼロ・エミッション(温暖化ガス排出ゼロ)を宣言している2050年あたりに向けてEVの急増が予想されている。有力自動車アナリストによれば、予想販売台数は2025年が1,070万台、2030年には2,800万台となっている。
多くの国で自動車産業は製造業の代表であり、内燃機関(ガソリンエンジン、ディーゼルエンジン)からEVへの変化は雇用、成長さらには地政学的にも大きな影響を及ぼすものとみられる。
まずは、EV化に最も熱心な欧州諸国の情勢を中心に見ていこう。今夏、2年ぶりに開催されたミュンヘンのモーターショーではエンジン、ディーゼル車の新規出品はほとんどなくEVのオンパレードであった。
自動車産業のEV関連の設備投資は巨額である。世界の自動車メーカーは今後5年間で3,300憶ドルの投資をEV開発とバッテリー開発にそそぐとみられる。メルセデスベンツは2020年半ばまでにすべてをEVに変換するという目標を立てている。ジャガーも代表的ブランド車を2025年までにすべてEVに変換するという野心的計画を発表している。
昨年、新型コロナウィルスに襲われた際、多くの自動車メーカーはリストラで大幅な支出抑制に走った。内燃機関エンジンの開発はほとんど停止された。しかし、EV開発計画のみ支出は拡大された。
欧州の経営者は「パンデミックは恐ろしいが、実際には(EV関連に絞るという)支出を全面的に見直す最大のチャンスとなった」と述懐している。大手部品メーカーのコンチネンタルも「EV関連以外の新規設備投資は認めない」と旗幟を鮮明にしている。
欧州におけるEV化の進展の背景は、はっきり言って気候変動問題で世界のトップになろうという政治の思惑が大きい。2020の欧州大陸諸国におけるEV販売台数は73万台と前年比倍増、過去三年間の販売台数をも抜き去った。
英国政府はガソリン、ディーゼル車を2035年までに販売終了させると発表しており、ノルウェー政府はさらに過激に2025年まで、EU全体でも事実上、2035年からの販売禁止を提起している。
ロンドンでは超低水準の排出ガスゾーンを設定して、事実上、排出ガスの多い旧式車を締め出していた。これを10月には大幅に拡大して環状線の内側すべてを対象ゾーンとした。およそ260万台の車両が影響を受ける。パリ、バーゼル、アムステルダムも同様のスキームを策定、ドイツでも旧式ディーゼル車の制限を導入する。
グラスゴーで10月末に開催される気候変動サミットCOP26では目を引くような排出ガス削減を誓うことになろう。その際、EVの利用を拡大するという野心的な計画はこのような目標を達成する最短の道であるため、自動車業界に対するさらなる規制の強化を打ち出すかもしれないと憶測されている。
「EV革命」には多様なEV車の供給が可能となったことも要因としてあげられる。消費者がEV車に飛びつかなかった原因のひとつは近年まで魅力あるEV車に欠けていたことだ。いまや欧州に限らず、世界の自動車メーカーは小型セダンから大型のSUV、ピックアップトラックに至るまで今後数年以内に充実したラインアップを出してくる。
さらに欧州の消費者はEV車の購入にあたって政府から多額の補助金を受けており、これもEVブームにつながる大きな誘因となっている。
ここまで述べると、EV車は一直線に拡大するような印象を受ける。しかし、物事はそう簡単ではない。なぜならEV車は、政府が寛大な補助金を支出することをカウントしても依然としても高価である。ランニングコストも、この石油価格が急騰する最中であってもガソリン車を凌駕している。従って欧州諸国のメーカーは実践的な方策も採っている。
ドイツの自動車メーカーは2023年までに全車種に最低ひとつはEV車を導入する。ドイツの新車販売に占めるEV車の比率は40%と世界トップクラスとなる見通しだ。しかし、一方で多くのハイブリッド車種も抱えていく作戦でもある。
コスト面で有利なハイブリッド車が通用するまでは需要にこたえていく両面作戦である。ちなみに全世界におけるハイブリッド車は現在330車種のモデルがある。5年前は86車種であった。2025年にはこれが500車種程度には達しそうだ。
EVの製造、販売を巡る急激な変革は混乱を招く要因ともなる。EVは内燃機関のガソリン、ディーゼル車に比べてデザイン、製造プロセスともにシンプルである。このため、かつては参入障壁の高い代表的産業であった自動車業界に容易に参入できることになった。
欧州の既存自動車メーカーにとって、大きな疑問はテスラーあるいは安値攻勢の中国メーカーさらにはシリコンバレーのテック企業などからの脅威に対抗できるかということだ。
欧州自動車メーカーは、この二年間におけるテスラーの躍進は認めているものの、欧州メーカーもこのところ充実したパフォーマンスを挙げるようになった、との自信を見せている。最初の段階では充電に時間がかかり、かつ充電なしで走れる走行距離も短かった。
テスラーのSモデルは一回の充電で260マイル(約400km)走る、と群を抜いていた。しかし、これにジャガーとアウディーが追いついた。このところの欧州のEV最新モデルは価格、走行距離、性能の各分野でかなり競争力をつけてきた。
気候変動問題がクローズアップするにつれてEV化の動きは止まらないように見える。ただ、トヨタの豊田章夫社長が触れていたような懸念もある。自動車製造の過程で使用する薄板などを作る鉄鋼業界、製造に必要な電力供給が脱炭素を達成しない限り、国家全体の対応としては整合性に欠けていることになろう。
またEVは複雑にして高度な技術、多くの部品供給が必要な内燃機関やトランスミッションなどを要するわけではない。そのため、日本でいえば550万人を擁する日本の自動車・同部品業界の雇用問題にも配慮しなければならない。これは欧州でも米国でも共通の深刻な雇用問題につながってこよう。