「見つめたい将来がある」 2月末、全国紙に掲載されたゆうちょ銀行の株式第2次売り出しに関する全面広告のキャッチフレーズだ。広告には赤ちゃんが積み木で「ゆうちょ銀行株式売り出し」と描いた絵柄が展開されている。「ゆうちょ銀行株を購入すれば将来、子や孫へ引き継ぐ優良資産になりますよ」と訴えかけているというコンセプトであろう。だが。はたして将来、ゆうちょ銀行は子どもや孫へと引き継ぐ優良資産となるか否かは未知数だ。
日本郵政は傘下のゆうちょ銀行の株式を3月に売却する。日本郵政などグループ3社が上場した2015年11月以来の株式の売り出しで、最大10億8900万株を売却し、日本郵政の出資比率を(議決権ベース)を現在の89%から60%程度引き下げる。売却額は1兆円を超える見込みだ。
今回のゆうちょ銀行株の2次売却には、東京証券取引所の上場要件をクリアするという差し迫った目的がある。東証は22年4月の市場改革で区分をプライム、スタンダード、グロースの3市場に再編した。ゆうちょ銀行は、その最上位のプライム市場に移行したが、上場基準のうち流動株式比率35%以上の条件を満たすことができず、経過措置が適用されている。
東証が区分変更のために上場審査を行った21年9月時点で、ゆうちょ銀行株の89%は親会社の日本郵政が保有しており、流動性株式比率は10.6%しかなかった。プライム市場へ上場維持するためには日本郵政の持ち株を市場に追加放出して流動株を増やす必要があるというわけだ。今回の株式売却額は、この流動株比率を念頭に逆算して決められたと見ていい。
同時に、ゆうちょ銀株の売却には日本郵政の持株比率を引き下げることで、業務の自由度を高めたいという思惑もある。郵政民営化法では、日本郵政の出資比率が5割を下回るまで金融2社の新規業務は国の認可が必要と定めている。かんぽ生命については21年6月に出資比率が5割を切り、届け出制に移行したが、ゆうちょ銀行はこれから。今回の第2次株式売却で、ゆうちょ銀行も新規業務が届出制となる50未満が視野に入ることになり、足かせ解除に向け大きく前進する。
だが、課題も残されている。株価の低迷だ。ゆうちょ銀行の株価は上場した15年11月につけた1823円の高値を上回ることなく、3月10日の終値は1197円と低迷しており、株価純資産倍率(PBR)は0.5倍弱と解散価値を大きく下回る。配当利回りは4%を超えるが、今回の1兆円を超える株式売却で需給が緩むことは避けられず、さらに株価下落しかねない。
「ゆうちょ銀行が上場時に株式を買った個人投資家は含み損を抱えており、さらなる投資勧誘は苦戦を強いられるのではないか」(市場関係者)と見られている。ゆうちょ銀行の収益は、FRBの相次ぐ利上げなど海外の金融市場の変調で運用収益が悪化し、23年3月期第3四半期累計(22年4月1日~22年12月31日)の経常利益は前年同期比12.7%減の3443億500万円、純利益は同13.9%減の2474億7800万円と振るわない。
「日本郵政グループ民営化から15年半が経過したが、この間、新規業務で目に見える成果が上がったのは不動産事業くらいなもの。海外の物流大手トールの買収など、失敗した案件のほうが目立つ」と市場関係者の評価は厳しい。かんぽ生命の不正販売、経営陣の刷新を受け、日本郵政社長に就いた増田氏も就任から丸3年が経過した。革新的な成長戦略が問われている。
ゆうちょ銀株売り出し 子や孫へ引き継ぐ優良資産になるか? |
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森岡 英樹(経済ジャーナリスト)
1957年生まれ、 早稲田大学卒業後、 経済記者となる。
1997年米国 コンサルタント会社「グリニッチ・ アソシエイト」のシニア・リサーチ ・アソシエイト。並びに「パラゲイト ・コンサルタンツ」シニア・アドバイザーを兼任。2004年 4月 ジャーナリストとして独立。一方で、「財団法人 埼玉県芸術 文化振興財団」(埼玉県100%出資)の常務理事として財団改革に取り組み、新芸術監督として蜷川幸雄氏を招聘した。 |
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