豊洲市場の地下空間について、あえて過去をほじくり返してみたいと思う。というのも、2016年8月、小池都知事誕生以降、市場移転問題があれほどの注目を集めたのは、豊洲市場建物下にあるべきはずの盛り土がなく、謎の地下空間が存在していたからだけではなかったと考えるからである。
そこが濁った水に覆われていたことが決定的だったのではないか。それほど、あの暗く淀んだ地下空間の映像イメージは、都民のみならず多くの国民に都政への疑念を増幅させるに十分だった。
2016年9月、中央卸売市場の次長ポストに急きょ異動した私は、専門家会議のメンバーや市場当局の幹部職員とともに、何度かこの地下空間に潜ったことがある。作業服にヘルメットをかぶり長靴に履き替えての決死行(!?)である。地下空間は打ちっぱなしコンクリート特有の匂いで満たされ、足元の水はくるぶしまで迫っていた。
今さら仮定の話をしても空しいが、もし仮にこの地下空間の床面に水は溜まっておらずドライな状態だったとしたら、受ける印象は全く違っていただろう。地下の汚染物質が建物内にしみ出す懸念もなく、追加対策工事もごく小規模なもので済んだかもしれない。それほど、水浸しの地下空間は悪だくみの臭いをプンプンさせ、その後の事態の推移に大きな影響を与えてしまったと考えられるのである。
▽実は、底が抜けた形の構造だった
では、そもそも地下空間はなぜ濁った水で満たされていたのか。当時の説明では、地下水の水位が上昇し地下空間の床面からあふれ出たものだということだった。だが、冷静に考えると、これはおかしな話だ。なぜなら、コンクリートの大きな箱を地下に埋め込む構造であったなら、あれほど水浸しになっていただろうか。この説明だけでは、素人の私が考えても納得がいかない。
実は、豊洲市場の地下構造は箱状ではないのである。鉄筋コンクリートが建物外側に向かってL字型に張り出し、建物を支えている。つまり、正確に言うと、底が抜けた状態なのだ。地下空間の床は確かにある。が、それは建築用語で言うところの「捨てコン」(「捨てコンクリート」の略)で簡易に養生してあるに過ぎない。
実際、採石がむき出しの箇所はいくつもあった。言うなれば、建物の床ではなく、ほぼ地面だったのである。だから、地下水位が上がれば、それに伴って地下空間に水が上がってくるのは至極当然のことなのである。
▽地下水管理システムは動いていなかった
なぜそんな構造にしたのか。工費・工期など様々な要因が絡んでの選択だったのだろうが、問題の本質は、建物の地下構造にあるのではない。地下水が染み出しやすい構造だと当初からわかっていながら、なぜ地下水をコントロールしなかったのか、あるいは、できなかったのかである。
いや、設計上は地下水をコントロールしようとしていたのだ。豊洲市場には、地下水位を観測する井戸21本のほか、地下水をくみ上げるための揚水井戸が計58か所、設置されている。これらを総延長7.7kmの送水管でつなぎ合わせ、3つの街区ごとに設置した浄化施設に地下水を送り込むシステムである。地下水は浄化施設で処理された後、下水に流す仕組みになっている。ここまでや
るかと思えるほどの、前代未聞の巨大システムと言っていい。
机上の計算では、このシステムが稼働しさえすれば、地下水位は地下空間の床面より低位で保たれることになっていた。しかし、現実には2016年9月の段階で地下水管理システムは稼働していなかった。地下水位が見る見る上昇する状況に、私は早期の稼働を技術部隊に何度となく催促したが、試運転止まりに終わっていた。技術部隊にも事情があった。9月、10月の間に大幅な人事異動が行われ、これまでの経緯に疎い職員が業務に当たらなければならなかった。
▽まだあった決定的な原因
こうしたなか、地下水は溜まるべくして溜まったのである。溜まることを認識していながら止められなかったのだから、人為的なミスと指摘されても申し開きはできない。建物の地下構造の特殊性と地下水管理システムの稼働の遅れ、これが地下空間のたまり水の原因であった、ひとまずはこう結論づけることができる。
が、このふたつは、実は表向きの要素でしかない。なぜなら、決定的な原因が他に存在していたからである、しかも極めて人為的な原因が。後編でその実態に迫っていきたい。
豊洲 謎の地下空間を覆った濁った水 |
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【都政を考える 再検証・豊洲と築地③】豊洲、地下水はなぜ溜まっていたのか【前編】
Reuters
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澤 章(都政ウォッチャー)
1958年、長崎生まれ。一橋大学経済学部卒、1986年、東京都庁入都。総務局人事部人事課長、知事本局計画調整部長、中央卸売市場次長、選挙管理委員会事務局長などを歴任。(公)東京都環境公社前理事長。2020年3月に『築地と豊洲「市場移転問題」という名のブラックボックスを開封する』(都政新報社)を上梓。著書に『軍艦防波堤へ』(栄光出版社)、『ワン・ディケイド・ボーイ』(パレードブックス)、最新作に「ハダカの東京都庁」(文藝春秋)、「自治体係長のきほん 係長スイッチ」(公職研)。
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