ESG投資とは、環境(Environment)、社会(Society)、ガバナンス(Governance)に着目した投資のことをいう。国際金融協会(IIF)によれば、世界のESG投資の運用残高は、2010年代前半は4~5千億ドル程度で緩やかな増加傾向にとどまっていた。それが2019年末には8600億ドル、2020年末には1.3兆ドルと、この2~3年で一気に拡大している。
ESG投資が大きな潮流となった背景として、2015年9月にSDGs(持続可能な開発目標)、さらに同年12月にパリ協定が採択されたことが大きい。とりわけ気候変動問題については、異常気象や大災害が世界各地で相次いでいることもあり、各国政府が本気で取り組む覚悟を決めつつある。
先行しているのは欧州だが、日本も昨年10月、菅首相が所信表明演説で2050年までのカーボン・ニュートラル(温室効果ガスのネット排出ゼロ)を宣言した。米国もバイデン新大統領が就任直後に、パリ協定に復帰するための文書に署名した。
本年11月には、コロナで1年延期された国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)が、英国グラスゴーで開催される。各国は脱炭素化に向けて、一段と野心的な取り組みを期待される。
脱炭素化を実現するには、技術革新やビジネスモデルの転換など、民間企業の取り組みが決定的に重要である。そうした変化を企業に促すうえで、ESG投資は重要な役割を果たしうるだろうか。メカニズムとしては二つの可能性が考えられる。
第一に、欧州を中心に、ESGへの考慮は機関投資家の受託者責任の一部、という考え方が強まってきていることである。これが「リターンをある程度犠牲にしてもESGに貢献したい」という最終投資家の姿勢の変化、とまで言えるかどうかはわからない。しかし、仮にそういう側面があるのだとすれば、それは脱炭素化にかかるコストの一部を最終投資家が負担することを意味するので、資本コストの低下を通じて脱炭素化が促されうる。
第二に、大規模な資産運用会社や年金基金などの、ユニバーサル・オーナーとしての行動である。一般に環境問題は「市場の失敗」の典型例であって、個別に利益最大化を目指す企業行動では解決できないと考えられている。しかし、ユニバーサル・オーナーのような巨大投資家は、いわば世界経済全体を輪切りにしたポートフォリオに投資しているようなものである。
そうした全体利益を俯瞰できる立場の投資家にとっては、炭素排出等による外部不経済を抑えて全体最適を目指すことが、リスク調整後リターンの最大化という自己利益にも合致すると考えられる。
日本のGPIFも含めてユニバーサル・オーナーを標榜する運用機関が、投資対象企業へのエンゲージメントを強めて脱炭素化を働きかけているのは、社会的責任と言わなくても長期的な経済合理性で説明がつくのである。
ただし、以上の議論の限界も認識しておくべきであろう。まず、リターンの犠牲も辞さない社会貢献投資家の影響力については、すべての投資家がそうならない限り大きな力にはなりにくいだろう。リターンの最大化を追求する投資家が存在する限り、社会貢献動機の強い投資家のリターンがそこへ移転するだけで、企業の資本コスト低下にはつながらない可能性が高い。
ユニバーサル・オーナーのエンゲージメントも強制力があるわけではなく、企業行動への影響力には一定の限界がある。脱炭素化に向けたビジネスモデルの転換は、多くの企業にとって重大な意思決定である。その意思決定において、投資家からの圧力が考慮すべき要素であることは間違いないが、顧客、従業員、サプライヤー、地域社会など他の多くの要素とのバランスも重要である。
ユニバーサル・オーナー自身も、重視するのは長期的なリターンだとは言っても、短中期のリターンを無視できるわけでもない。受託者責任の基本はやはりリターンの最大化であり、その遵守は客観的に確認できなければならないからだ。
また、そもそも全体最適とは言っても、ユニバーサル・オーナーの力が及ぶ範囲は基本的に上場企業までであって、非上場企業や一般社会を含めた「真の全体最適」は、さらに次元の高い課題として残る。
結局のところ、投資の基本的性格がリターンの獲得である以上、それによって「市場の失敗」を是正しようとしても、原理的な矛盾から逃れることはできない。脱炭素化のように外部性の強い課題には、補助金、税制、規制改革など、政策的な市場介入の果たすべき役割がやはり圧倒的に大きい。
脱炭素化に資する経済活動に十分なインセンティブを与える一方、そうでない経済活動には追加的なコストを課し、そのコスト負担を国民に受け入れ可能なものにしていく強い政治の力が不可欠だ。
ほぼ確実に言えるのは、大胆なグリーン政策が推進されればESG投資への恩恵が大きいということだ。逆に言えば、最近ESG投資が急増しているのは、人々の地球愛が高まったからではなく、グリーン政策の加速で「脱炭素化はカネになる」という予想が強まったからだと考えられる。
その予想を政治が裏切れば、ESG投資が日の目を見ないだけでなく、人類は地球温暖化の抑制に失敗する。
ESG投資が急増、「脱炭素化はカネになる」が追い風 |
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【門間前日銀理事の経済診断(39)】大胆なグリーン政策が進めばESG投資は合理的
Reuters
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門間 一夫( みずほリサーチ&テクノロジーズ エグゼクティブエコノミスト)
1957年生。1981年東大経卒、日銀入行。調査統計局経済調査課長、調査統計局長、企画局長を経て、2012年から理事。2016年6月からみずほ総合研究所(現みずほリサーチ&テクノロジーズ)エグゼクティブ・エコノミスト。著書に『日本経済の見えない真実』(日経BP社)
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