品質関連費用の増大などで、ホンダは2015年1~3月は四輪事業が営業赤字に転落。壊れた会社を6月に伊東孝紳前社長から引き継いだ八郷(はちごう)隆弘社長(56)は、就任後の記者会見で「ホンダらしさ」を取り戻すためのキーワードとして「ボトムアップ」を連発した。
つまり、強烈なリーダーシップのもとに時には部下の意見も聞かずに勝手に物事を自分だけで決めていった伊東氏との訣別を宣言し、「ワイガヤ」で知られるホンダ独自の文化をホンダ復活の糧とするというのだ。
ただ、ホンダの役員・社長経験OB連は八郷氏は「ホンダらしさ」、同社の創業者のひとりである本田宗一郎氏の教えを履き違えているという。
「ホンダらしさを取り戻すといっているが、具体的には何だというと、何も無い。唯一あったのが、伊東社長で萎縮した社内を、もう少しボトムアップでみんなの意見を聞いて調整する。それでは話しにならない。ダメだね!」
こう語るある役員経験者によると、ホンダの「社長、会長を含めた幹部経験者OBの100%は、現在の本田の状況をものすごく心配している。八郷社長は社内外で『ホンダらしさ』の復活を盛んに強調しているが、OBの我々には本田宗一郎が言い残した言葉のオウム返しで、具体的に何かというと何も無い」
先月7月の中旬、八郷社長、峯川副社長を含めてホンダ経営陣の8人とOB連との会合が都内のある場所で持たれた。
前出の幹部経験のあるOBによると、ホンダの将来を心配するOBの一部は会合の前に八郷氏へのメッセージを相談したという。そして、当日会合に集まった吉野浩行(よしのひろゆき)元社長と別の社長、副社長、役員経験者は、八郷氏に対して次のようなメッセージを伝えようとした。
ホンダらしさの復活とは、具体的には疲弊しているホンダの研究所を元の姿に戻すことなのだ。なぜなら、近年の中国に始まり東南アジア、ロシア、インド、アフリカ、中東と広がりを見せている新興国市場の台頭で、各市場のそれぞれ異なる法規や消費者の趣向に合わせたモデルの開発の要求が厳しく、自由な研究開発で元気だったホンダの研究所がある意味破綻しているからだ。
「いきなりグローバルになって、やれインド専用車、タイ専用車、中国専用車、みんな日本のホンダの研究所に仕事が来るわけだ。それではとでもじゃない。それをこなすのに精一杯。自由に本来あるべき研究開発に従事する余裕はない」と幹部経験者OBはいう。
そんな昔の元気だったホンダに回帰するために何が必要なのか。OB連の中心的な社長・役員経験者の間での意見はある程度一致している。
彼らがいま八郷氏に求めているのは、思い切ってホンダの事業規模を見直し、業績を意識的に落とすこと。
「なりふり構わずこうあるべきだという姿を考え、商売の規模を見直すこと。当然機種は減る。集中しなければいけない。当然売り上げが落ちる。それは覚悟しろ。今のホンダのキャッシュフローから考えると売り上げが12兆円から10兆円になっても潰れない。それは一年目の恥じとおもえばいい。2年目に回復しなくても3年目4年目に回復すればいいんだ」
車種や事業の規模を絞れば、少なくとも疲弊している研究所の問題は解決でき、昔のようにトヨタとは違う日本の自動車会社になれる。更に言うと、「ミニトヨタ」を目指したこれまでの路を捨てることを意味する。
「だから、思い切ってそのぐらいの覚悟を決めてやったらどうかということを言いたい。そのぐらい言わないと八郷は分からないと思う」
これが、OB連の中心的な社長・役員経験者の間でのコンセンサスだ。が、メッセージは当日の会合の顔合という性質もあり、また人数が多かったこともありうまく伝わらなかったという。
複数のOBによると、これからも八郷氏への啓蒙活動は煙たがられても続けていく決意だとのことだ。「研究所の活力を取り戻すためにどうするか、ということ。自分がいかにホンダの歴史の中で重要な局面にいるか、ということを分かって欲しい」
「こんなホンダならいらない」といわれる昨今、ホンダが事実上その歴史の中で極めて重要な局面に差し掛かっていることは間違いない。