群馬県の赤城山中腹でソバ栽培に挑戦し、中山間地域での難しい農業経営に成功した人がいる。その前歴がユニーク。何と東京小金井市で、25年間に及び蕎麦屋を経営していたが、一念発起した。
物語の主役は高井眞佐実さん。農業生産法人の株式会社赤城深山ファーム(写真はホームページ)の社長だ。40歳から始めたソバ栽培は当時としては勇気のいることで、天候など自然条件とのし烈な闘いを乗り越えての成功だ。最初の5年間は試行錯誤で、苦労の連続だった、という。
最初、3ヘクタールのソバ栽培からスタート。今は160ヘクタールに及ぶ畑で栽培するまで、力をつけた。国内の大半のソバ栽培農家が主力の秋ソバに集中特化する中で、高井さんは、秋ソバ90ヘクタールに加えて、夏ソバ70ヘクタールを耕作している。
夏ソバは、夏場の除草が大変で、収量にも制約がある。敬遠する農家が多いが、夏場こそ、ざるソバ需要がある、とあえて挑戦した。
土づくりにもこだわり、鶏糞やソバ殻を使って有機質の土壌を実現した。そして消費者ニーズの強い安全志向に応えるため、無農薬栽培によって高品質の「元気の出るソバ」をめざした。しかもソバを製粉加工して、末端の蕎麦屋向けに販売する、いわゆる6次産業化にも取り組んでいる。味の改良工夫にこだわったことで、今では市場評価を得て、「赤城深山そば」のブランドによって、18都府県にほぼ全量を売り切る。
生産拠点である赤城山中腹の畑は、200メートルから800メートルまで標高差がある。北海道の広大な農地を使ったソバ生産の場合、機械を駆使して効率的な生産を行えるのとは対照的だ。ところが、標高差には意外な強みがある。赤城山では100メートルで気温が0.6度も異なる。
500メートルも下がると単純計算で3度の温度差があり、ソバの種まきに1か月の時間差を設けることが可能だ。中山間地域の標高差を使ったソバ生産ならば、人員は必要最小限で済み、トラクターなどの機械も有効活用できる。本当にコストダウンできた。
「利益を出せば中山間地域農業にとって、ソバ生産は儲かるビジネスモデルだ、とみんなに刺激を与えて、元気にすることになると思った」という。ところが、「高齢化で畑を耕す余力がない。うちの畑を使ってくれないか」といった形で、半ば耕作放置化した畑の活用委託を申し入れてくるケースが多かった。
それで、経営規模拡大によって、若者を中心に社員化の形で地元からの雇用創出に努めた。現に、周辺農家などの若い男女が入社し、全国にソバを売り出す仕事に誇りを持つようになってくれた、という。また、農地を借りた周辺農家160戸に対して2014年時点で年間800万円の賃貸料を支払っている。農家によっては年間20、30万円の賃貸収入を得るケースもある。年金生活に入った農業者にとっては大きなサポートになる。
ソバの品種選びに関しても、良質品種を選び、品質特性を維持するため毎年、全量更新を行った。「ソバは、早期に収穫すると、味がよく香りもいいので、それに努めた。ただ、収穫後のソバの傷みが早いので、乾燥調製などの工程管理、さらに保管の方法も細心の注意を払った。おかげで苦労して生産した新そばに対する評価が高くなった」という。
今、国内ソバ供給の主力である中国産が、中国での都市化の影響で生産地が減少すると同時に日本への輸出価格も上昇してきた。このため、日本国内で国産ソバ志向が高まっている。以前は、ソバの国産比率が19%だったのが、今は23%にまで上昇している。
高井さんは、自身が取り組む有機質の多い土づくり、安全志向に対応する無農薬栽培などによって、安全・安心のソバであることを国産の強みにすればさらに比率はあがる、と言う。農業再生のひとつの行き方が見える。