日本を代表する小売企業であるセブン&アイ・ホールディングとファーストリテイリング(FR)の業務提携が報道されてから数日が経過した8月5日、両社はそろって異例の談話(プレスリリース)を発表した。
両社は談話で業務提携について、「話し合いを始めている」ことは認めたが、「具体的な内容はまだ何も決定しておりません」と先走る報道に釘を刺し、①両グループ全体に関わる包括提携である、②特定子会社の再生が提携の目的である、の2点を真っ向から否定した(プレスリリース)。
一体、異例の報道否定の談話の背景には、何があるのか。両社の戦略提携の思惑と真相とはどのようなものかを読み解いてみた。
談話発表の引き金の1つとなったと思われる『日経MJ』8月3日付1面記事をみると、「強者連合『ナナクロ』誕生、セブン・ファストリ提携」との主見出しが躍っている。前文には、両社コメントが否定した「包括提携する方針を固めた」、「『セブン&アイ傘下のイトーヨーカ堂の再生もテーマなのか』と興味はつきない」と書いてある。
さらに、本文中には「12月で83歳になる鈴木(敏文)会長だが、『ヨーカ堂の再生にめどがつかない限り、やめるにやめられない』との微妙な発言を引用し、柳井正FR会長は低迷が続くヨーカ堂への関与に魅力を感じないだろうが、鈴木会長の思いは違い、ユニクロの力を借りてヨーカ堂を立て直すことをラストチャンスみているのではないかと結んでいる。
長年、両氏へのインタビュー調査を含めて調査研究してきた立場から推論すると、全体の記事のトーンがセブン側には受け入れがたいところがあった可能性を指摘できる。
鈴木、柳井両氏は従来から親交があり、鈴木氏は今秋から始めるオムニチャネル(店舗とネットを融合した販路構築)戦略に関連し、強いブランド力のあるユニクロを販売することもあり得ると発言していた。それに対して、柳井氏は今後、力を入れるネット販売で国内5万7000店舗を有するコンビニエンスストアの年中無休24時間体制の商品受け取り機能を高く評価して、業務提携を模索していた。
事実、両社の提携の第一報を報じた『日本経済新聞』7月31日付記事では、①年内にも両社が新しい衣料品ブランドを共同開発し、セブンのネット通販等で販売する、②ユニクロのネット通販で販売した商品をセブン‐イレブンの店頭で受け取れるようにする2点が主要な提携内容としていた。
つまり、両社の話し合いは、いま流通業界を動かしているオムニチャネル戦略を軸にして相互補完的な戦略提携を結ぶことにある。戦略提携の要諦はもともと、目標の限定、成果の互酬性、機能分担の明確化を3原則にしている。
セブン側に立てば、オムニチャネル化の決め手となるプライベート・ブランド(PB)商品は食品分野では年間8000億円超の規模となった「セブンプレミアム」があるが、衣料品分野は弱い。イトーヨーカ堂・西武百貨店・そごう連合で新ブランドを立ち上げているが、「セブンプレミアム」のインパクトにはほど遠い。そこで、キリンや日清食品、花王といった有力ブランドメーカーと培ってきた共同開発方式を援用し、ユニクロの製造小売業モデルを利用して、独自ブランド商品を開発するのは自然の流れである。
その際、セブン側が東レをはじめとする日本の合繊メーカーや香港や中国の縫製メーカーといった取引先を統合した製造小売業モデルを学習する機会はあるだろうが、学習効果が直ちにヨーカ堂のアキレス腱である衣料品部門の立て直しにつながるとの見方にはやや飛躍がある。そこに『日経MJ』記事の「勇み足」がある。
そもそも「他社の真似はするな」、「競争相手はお客様、顧客の立場にたって自己革新せよ」と言い続けてきた鈴木氏にとって、FRに頭を下げて学ぶ「包括提携」はあり得ない。
ましてや『日経MJ』の記事では、オムニチャネル戦略の責任者で、急速に後継者候補に浮上してきた次男の鈴木康弘取締役と自らの出処進退を含めて論評されている。異例の談話発表は当然の成り行きだった。
セブン&アイ、報道の一部をわざわざ否定 |
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子会社再建や進退含めた報道、受け入れがたく
公開日:
(ビジネス)
Reuters
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矢作 敏行(法政大学教授)
1969年国際基督教大学教養学部卒業。商学博士(神戸大学、論文)
1969-1990年日本経済新聞社編集局記者。1990年、法政大学経営学部教授。1975-1976年米コーネル大学フルブライト客員研究員、1996-1998年英オックスフォード大学小売経営研究所客員研究員。現在は法政大学大学院経営学研究科・経営学部教授。 著書に『デュアル・ブランド戦略』(編著)有斐閣、2014年、『日本の優秀小売企業の底力』(編著)日本経済新聞出版社、2011年、『小売国際化プロセス』有斐閣、2007年、『日本の流通100年』(石原武政氏との共編)有斐閣、2004年、『現代流通』有斐閣、1996年、『コンビニエンス・ストア・システムの革新性』日本経済新聞社、1994年など他多数。 |
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