ゴホンと言えば龍角散のフレーズで知られる老舗の製薬会社、龍角散の社長のセクハラ疑惑をめぐる裁判が4日に証人尋問を終えた。裁判長からの被告の会社側証人への質問は証言の不自然さを鋭く指摘し、会社側敗訴が濃厚と予測される展開となった。
裁判での証言のやりとりに触れる前に、まずは龍角散のセクハラ疑惑について概要をまとめてみよう。2018年12月の社内忘年会(15人が参加)で、藤井社長が当時、業務委託契約社員だった水鳥洋子(40代、仮名)さんに抱きつくなどのセクハラをしたという疑惑だ。
忘年会に出席していた執行役員の福田優子(仮名)さんが問題に感じ、法務部長をしていた実妹の福田加奈子(仮名)さんに相談。加奈子さんが総務系の同僚と被害者へのヒヤリングなどを実施したところ、セクハラを捏造していると藤井社長から福田法務部長(当時)が解雇されたものだ。
福田加奈子さんは2019年6月に不当解雇として訴訟を起こしていた。その後、執行役員の福田優子さんは左遷で本社から工場に回された後、完全に仕事を取り上げられ自宅待機を命じられている。このため、優子さんも加奈子さんの裁判と並行して労働審判の手続きに入っている。
不当解雇の裁判は当事者間での非公開の書面を中心にしたやり取りの後、裁判官から和解の勧告があったが、会社側が応じなかった。このため、事実関係の解明のために社長やセクハラの対象とされた水鳥さんらへの証人尋問が2日に分けて実施された。
11月4日は会社側証人の水鳥さんの証人尋問が約1時間20分に渡って実施された。水鳥さんは忘年会でのおさわりや抱きつきを握手やハグとし、「セクハラとは思わなかった」などと証言した。被害者とされる人が「セクハラとは思わない」と否定したことを根拠に社長は福田法務部長(当時)を解雇しているので、証言の信憑性が裁判での重要なポイントだった。
もともと、水鳥証人は忘年会があった翌年1月に業務委託の社員から正社員に登用される優遇を会社から受けており、証言の信憑性は低い。特に忘年会の直前に、それまでの単純な派遣社員から証人に有利な業務委託契約に切り替えられたばかりだった。短期間に2度の昇進をした形で、正社員への「昇進」はきわめて異例な優遇だ。社長側に有利な証言の信憑性はさらに低いといえる。
さて、4日の水鳥証人尋問では、最後に陪席裁判官、裁判長から、証人が法務部長らのヒヤリングに対してセクハラはあったと話していながら、その後社長に対して「セクハラとは思っていない」と発言を変えた点に関して質問があった。
水鳥証人は、ヒヤリングに先だって福田法務部長から呼び出され「セクハラを認めるよう求められ、従わざる得なかった」さらに呼び出され「セクハラ内容は紙面にまとめたので、ヒヤリングではただその内容を認めるだけでいい」などと自由な発言を封じるような進め方を求められたと証言していた。
これに対し、先に質問した陪席裁判官がヒヤリングの録音記録を書き起こした資料から、ヒヤリングの際に福田法務部長のセクハラ内容の説明に加え、「自ら詳細に説明を加えているのはなぜか」と嫌々証言させられたとは受け取れないと指摘、これに対し水鳥さんは「世間一般的なセクハラ被害者を演じて想像して話した」と答えた。
さらに、陪席裁判官が当時本部長の福田優子さんの陳述書を示し「法務担当部長が自宅待機を命じられたとき、福田優子さんを呼び出して『私が言っていることが誤解されている、(ヒヤリングに関わった)梶野さんに話してくる』とあるが、これは真実か?」との質問に、水鳥さんは、「本当です」と答え、「(社長が動くまでの)時間稼ぎのつもりだった」などと説明した。
次に質問した裁判長も「法務部長からセクハラを認める発言をしろと言われ逆らえなかったというが、発言は法務部長より上位の社長の名誉を傷つける内容であり、なぜそんな発言をするのかわからない。ヒヤリングでは『2回触ったから100円になりました』などと新しい情報を付け加えるように証言している」と嫌々証言していたというのでは説明がつかないと指摘した。
これに対して水鳥さんは「保身のため恐怖を感じながら証言した」と答えた。裁判長は「保身のためなら嘘をつくのか」などと厳しく指摘した。
この発言のとおりなら水鳥さんは龍角散での正社員登用により、社長の部下の立場が強化されており「保身のためなら(社長に有利になるよう)うそをつく」可能性があることになり、証言の信憑性にむしろ疑問がつくことになった。
2人の裁判官の質問は、水鳥証人の発言の撤回の経緯の不自然さを指摘したもので、証言の信憑性が高くないと認識していることを示す。裁判官の被告側への心証の悪さを反映していると受け取れる。裁判としては異例のかなり踏み込んだ質問だった。
裁判所は9月6日に社長や忘年会に出席していた人、福田姉妹の証人尋問も実施している。藤井社長への質疑では、「(水鳥さんに抱きついたのか)抱きついたともうしますか、ハグというか、頑張っているねという激励の意味を込めてですね、このようにしてですね(手を前に出してポーズ)」「(それは抱きついたという行為では)まあそうですね。軽くハグはしました」と社長は事実上セクハラを認める発言をしている。
2度の証言機会を経て、再び非公開での書面での最終的な主張をやり取りした後、判決に至るもよう。その過程で裁判官から再び和解の提案があるかもしれない。裁判官の質問ぶりから判決になれば、会社側の実質敗訴の可能性が高い。
それでも藤井社長は社内での権威低下を恐れてか、あくまでセクハラはなく、解雇の不当性を認めない強硬姿勢を崩しそうもない。原告が応じるような和解案にたどり着ける可能性は高くないといえそうだ。