4月下旬「都市型農業振興基本法」が公布された。同法は、三大都市圏(首都・中京・近畿)を中心に、衰退の一途をたどる都市農業の振興を目指したものだ。いま、なぜ、都市農業なのだろう。
高度経済成長期の都市部の急激な人口流入と、産業の集中によって、首都圏を中心に多くの土地は、住宅地、商業施設に姿を変えてきた。農林水産省によると、東京都の農地は、7290ヘクタール(2014年)で、都道府県単位では最小、1985年のバブル期から4割以上も減っている。日本全国では、最も農地が多かった1961年の608万66000ヘクタールから、2014年には、451万8000ヘクタールまで減少している。
都市部の農地は、「新都市計画法」(68年)で、農地から住宅地への転用が容易になったことを発端に、これまで開発と保全のせめぎあいが行われてきた。
80年代後半のバブル期には、残った少数の農家にも逆境が待ち構えていた。当時は、好景気に合わせ、次々とビルや住宅が建てられていった。都市の農地は、土地が足りない中、宅地への転用が強く求められた。農家の多くは周囲から冷ややかな目で見られ、地価高騰の原因とも揶揄さた。
NPO法人「畑の教室」の代表を務める東京都の農家白石好孝氏は、当時を振り返って「まるで悪者扱いだった」と述べる。(日本農業新聞e農net 2015年3月23日)
都市部の農業従事者に、追い討ちをかけたのが1991年に制定された「改正生産緑地法」である。この法律で、三大都市圏の市街化地域は「保全する農地」と「宅地化する農地」のいずれかを選択させられた。
「宅地化する農地」には宅地並みの固定資産税がかけられ、相続税の納税猶予制度の適用外とされる。毎日新聞によると、「地方税の固定資産税額(10アール当たり、11年)は、東京都の場合、宅地並み課税の市街化区域内の農地は36万7881円に対し、生産緑地は1406円」としており、「宅地化する農地」と、「保全する農地」にかけられる税金は桁違いである。
相続税の納税猶予では、農家が納める相続税が、農業投資価格分の納税で済むことになる。2012年のデータによると、農家の納める農業投資価格は、10ヘクタール当たり80万円で済む。しかし、適応外となると、3.6%の利子税を納める必要が出てくる。「保全する農地」を選択し、宅地並みの課税を避け、相続税の免除を適応させるためには、終生営農が求められた。
今回の、「都市農業振興基本法」は、これまで冷遇されてきた農家の処遇を見直すものだ。しかし、都市農業の振興に関する道筋を定めたもので、理念法と言われる。今後、具体的な方策がとられていくと見られる。
基本法の施行を受けて、東京都が動き始めている。今回の立法に合わせ「都市農業特区」の制定を国に要請する。これにより91年の「改正生産緑地法」で、適用を外された相続税の猶予の拡大をめざす。東京都国立市で農体験サービスなどを提供している株式会社農天気(写真は同社のホームページ)の小野淳さんは、「理念法と言われているが、第一歩としては、いいものだと思う。それより、東京都の動きが早く、国立市もすぐに同調してくれた点が良かった」と語る。都市農業へは若者の参入も始まっており、振興基本法はそうした動きを加速させる効果も期待されている。
60年台以降、50年近く冷遇されてきた都市部の農家の処遇が、見直されたきっかけは、都市部の農地の潜在的な「多面的機能」が評価され始めたことが背景にある。都市部の農地には、農産物の供給だけでなく、「都市部の防災空間の確保」「良好な景観の形成」などの面も期待されている。
「都市部の防災空間の確保」が注目され始めたのは、東日本大震災以降のことだ。都市部の農地が、災害時のオープンスペースとして期待されている。農地は、大火災が発生した際の延焼防止や、地震時の避難場所、災害時の仮設住宅の建設地にもなるという。
「良好な景観の形成」とは、都市部の公園のように、農地の緑地が都市部の住民に「やすらぎ」や「憩い」を与える心理的効果を期待している。そのほかに、ヒートアイランド現象の緩和も期待されている。
市民農園など新しい都市型農業のスタイルに挑戦している農天気の小野さんは、「近年、都市住民の食への意識が高まり、農業に触れる機会も多くなっている。その中で、農地をどのように使いこなしていくのかが大事」と語っている。