ワクチンの調達や開発はおろか、接種においても日本は先進国の座から転がり落ちてしまった。新型コロナ感染拡大の第4波が押し寄せるなか、接種会場で余った虎の子のワクチンが廃棄されるという事態も起きている。
そうした背景には、保健所の硬直化した思考だけでなく、国から自治体へのワクチンの取り扱いに関する曖昧で、不可解な指示もある。接種の実務を担わされる自治体は、ワクチンが届く時期も明確ではなく、どう使えばいいのか、適切に判断しにくい状態が続いている。
4月12日、政府は、先行した医療関係者への接種をまっとうする前に、65歳以上の高齢者の優先接種を自治体に始めさせた。初日に接種できた人は、わずか1139人。対象となる高齢者は全国に3600万人いる。大海に雨粒が一滴落ちた程度だ。
国は、この日から高齢者への接種を始めるとアナウンスした手前、何が何でも「打った」既成事実をつくりたかったのだろう。ワクチンの調達が遅々として進まない状況での苦肉の策ではあるが、パフォーマンス気味だ。
東京都では世田谷区と八王子市で接種が行われた。八王子市では事前予約した高齢者250人が市役所で接種を受けた。
ところが、予約していた2人が接種を受けず、ワクチンが余った。会場にはまだ接種を受けていない医師や保健所職員もいる。予約方法がわからず、藁にもすがる思いで早く打ちたいと市役所にやってきたお年寄りもいた。そうした状況で、八王子保健所の担当者は「混乱を避けるために別の人には回さない」(東京新聞Web 4月12日配信)と判断。開封されたワクチンは長期間の保存ができないので廃棄したのだという。
13日、河野太郎ワクチン担当大臣は、閣議後の記者会見で、この一件に言及し、ワクチンが余った場合も捨てず、接種券がなくても「記録」に残すことを前提に医療従事者や高齢者に優先して接種するなど、柔軟に対応してワクチンを無駄にしないよう求めた。
「若い方でも予診で問題がなければ打っていただいて記録する。ほかの市や県の方でもかまわない。全く制約はないので、廃棄されないよう、現場の対応で打っていただきたい。難しいことは特に何もないと思う」と述べている(NHK WEB 4月13日配信)。
確かに保健所の対応は頑なにみえる。しかし、保健所が「独断」で他の誰かに余ったワクチンを回していたら、国やメディアはどう反応していただろうか。よくやった、柔軟な対応だと認めただろうか。自治体は、ワクチンの扱い方については少なからず苦慮している。
たとえば、ワクチンの運び方一つとっても、厚生労働省はメーカーが推奨しない方法を「自治体の判断」でやるのならいいと許容。むしろ推奨外の方法を薦めているかにみえる。
現在、接種されているコロナワクチンは、米国のファイザー社と、ドイツのビオンテック社が共同開発したメッセンジャーRNA(mRNA)ワクチン。これはウイルスがヒトの細胞に侵入するために必要なスパイクタンパク質の遺伝情報の設計図=mRNAを脂質に包んだ製剤である。mRNAワクチンは、脂質が非常に繊細で、分解されやすく、低温での保存、衝撃・振動の回避などが必須とされている。
そのためファイザーの海外工場からは-90~-60℃の超低温冷凍で国内倉庫に運ばれてくる。そして、国内倉庫から各地の「基本型接種施設」と呼ばれる大きな病院や施設にも超低温冷凍で運搬する。問題はその次だ。基本型接種施設で、運ばれてきたワクチンの梱包を「小分け」し、地域の「連携・サテライト型施設」と呼ばれる病院や施設に送られるのだが、当初、厚労省は、小分け輸送も超低温冷凍か、-25~-15℃の「(通常の)冷凍」で行うよう指示していた。
メーカーのファイザーは、超低温冷凍で6か月、冷凍なら14日間、ワクチンの保存が効くと公表している。冷凍で小分け移送すれば、安定的で衝撃や振動も伝わりにくい。運んだ先の連携・サテライト型施設で14日間以内にワクチンを解凍、希釈して接種すればいい。海外の国々も、この方法をとっている。
しかし、その後、厚労省は小分け移送について、2~8℃の「冷蔵」を認めたのである。原則3時間以内であれば、冷蔵庫と同じ温度で診療所などに輸送してもいいというのだ。
そして、スギヤマゲンというメーカーがつくった「保冷バック」約4万個(6億8000万円分)を自治体に送った。送られた自治体は、このバックに小分けして運ぶものだと思うだろう。
だが、ファイザーは、冷凍小分け移送を推奨してはいない。あくまでも冷凍輸送を原則とし、「冷蔵状態での輸送は、自治体がやむをえないと判断した場合にかぎってほしい」とウェブサイトに載せた。
厚労省も、冷蔵移送の場合は、「衝撃・振動を避けること」「マイナス15度より低い温度で冷凍して輸送したほうが、より安定した品質管理が可能だ」と自治体向けには説明する。ただ、冷蔵で溶けそうなワクチンを、いくらスギヤマゲンの保冷バッグを使うといっても揺らさずに自動車で運べるのだろうか。自治体は迷うだろう。
この問題について、世田谷区の保坂展人区長は、こう語った。
「ワクチンの専門家に話を聞くと、やはりmRNAワクチンは極めてデリケート、揺れると壊れて効果が薄れるそうです。それで区の職員が直接、ファイザーに問い合わせたところ、やはり冷蔵での輸送は推奨しません、しない方がいい、とはっきり言われました。ですから、世田谷区はワクチンの小分け移送は、運送会社に冷凍でやってもらいます。マスナス20℃ぐらいでしたら、ふつうの冷凍輸送で対応できます」
冷蔵の小分け移送が広がって、効果のないワクチンが打たれないことを願うばかりだ。
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山岡淳一郎(作家)
1959年愛媛県生まれ。作家。「人と時代」「21世紀の公と私」をテーマに近現代史、政治、経済、医療など旺盛に執筆。時事番組の司会、コメンテーターも務める。著書は、『後藤新平 日本の羅針盤となった男』『田中角栄の資源戦争』(草思社)、『気骨 経営者 土光敏夫の闘い』(平凡社)、『逆境を越えて 宅急便の父 小倉昌男伝』(KADOKAWA)、『原発と権力』『長生きしても報われない社会 在宅医療・介護の真実』(ちくま新書)、『勝海舟 歴史を動かす交渉力』(草思社)、『木下サーカス四代記』(東洋経済新報社)、『生きのびるマンション <二つの老い>をこえて』(岩波新書)。2020年1月に『ゴッドドクター 徳田虎雄』(小学館文庫)刊行。『ドキュメント 感染症利権』(ちくま新書)、『コロナ戦記 医療現場と政治の700日』(岩波書店)刊行。
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