インフレが来るのだろうか。米国の消費者物価上昇率が、5、6月と前年同月比5%を超えた。13年ぶりの上げ幅だ。中国は5月の生産者物価が同9%と、やはり13年ぶりの上昇率。デフレに沈む日本でさえ、輸入物価に限れば、5月は同28%上昇と、40年来の最大だった。
足下の物価上昇は、コロナ禍の最悪期から急回復する需要に、供給が追いつかない「ボトルネック」による、との見方が一般的だ。問題は一過性で終わるのか、コロナ後もインフレが居座るのか。米国の場合、バイデン政権が準備するインフラ投資などの巨額の財政支出も、判断材料になる。
リーマン危機を予言し「終末博士」の異名をもつヌリエル・ルービニNY大教授は、緩和的な金融政策と財政政策がインフレ圧力を高めたところに、負の供給ショックが起き、1970年代型の「スタグフレーション」(インフレと不況の並存)に陥る可能性大、というシナリオを示している。
「スタグフレーション」は石油危機後の主要国経済の苦境を形容した”懐かしい”言葉だ。デフレに抗う「Dの世界」からインフレ制御に努める「Iの世界」へのパラダイム・シフトを迫らているのだろうか。
「戦争を知らない子供たち」は、70年代に戦後生まれの団塊の世代に愛唱されたフォークソングだが、筆者もその1人の同世代は「デフレを知らない子供たち」でもあった。
モノ不足に加え、戦時の物価統制が崩れ、インフレが高進した。米国は銀行家ドッジを占領下の日本に派遣し、緊縮政策を押しつけ一時的にデフレ化したのも束の間。「朝鮮戦争」が起きて「特需」で潤い、勢いをつけた日本経済は、50年代半ばから70年代初めにかけ、年平均10%の高度成長を実現した。
賃金、所得も上がったが、物価も上がる。当時の野党の自民党政権批判の決まり文句が「物価高」だった。
73年秋に石油危機が勃発、「狂乱物価」を引き起こす。狂乱状態は何とか抑え込んだが、スタグフレーションが続いた。
その頃のこと。財閥系銀行の高齢の相談役に会う機会があった。戦前からのバンカーは「金解禁があり」「失業者があふれ」と昭和初期のデフレ体験を延々と話してくれた。インフレに慣らされた筆者は、ケインズ理論も普及したことだし、デフレには戻りっこない、とアクビをかみ殺して聞いていた。
まさかのデフレが戻ってきた。平成の冒頭で資産バブルが崩壊し、90年代半ばから今日まで、だらだらとデフレが続いている。引き締めが遅れ、バブルを膨らませ過ぎたのも問題だが、バブルがしぼんでからの緩和でも後れをとり、傷を深め、銀行の不良債権処理にも手間取りすぎた。
当時の大蔵省(財務省)や日銀の幹部らは戦後に入省、入行した世代で、デフレ体験はない。インフレファイターだった彼らが、デフレファイターに変身し切れなかったことが、長期デフレに陥った一因ではなかったか。
バブル崩壊から30年。30代以下の人たちは、物心ついてから、デフレが常態で「インフレを知らない子供たち」だ。
近年注目される現代貨幣理論(MMT)にしても、自国通貨建てで国債を発行できる国は、財政赤字など気にせず必要なだけ支出すればよい、とデフレ期には受ける主張だ。仮に、インフレになれば、増税と歳出を削る、といとも簡単に言う。
しかし、物価が上がる時に、消費税増税など言い出せば大反発を受ける。人件費と物件費の塊で、物価スライドの給付も多い歳出予算を削るのも、容易ではない。
長引くデフレに慣らされて、デフレ型思考に囚われている人も少なくない。いざインフレとなった時、判断を誤まるかもしれない。インフレとの両にらみ型思考に移行する時だ。
もっとも、インフレ必至と思い込むのも早計だ。13年前の2008年、石油や原材料、食糧などが世界的に高騰した。世界インフレか、と身構えたところにリーマン危機が起きている。
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【けいざい温故知新】インフレを知らない子供たちは対応できるのか
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(マーケット)
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土谷 英夫(ジャーナリスト、元日経新聞論説副主幹)
1948年和歌山市生まれ。上智大学経済学部卒業。日本経済新聞社で編集委員、論説委員、論説副主幹、コラムニストなどを歴任。
著書に『1971年 市場化とネット化の紀元』(2014年/NTT出版) |
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