そのノルド2プロジェクトを米国が阻止する動きについて、本サイトで掲載した(2019年9月20日、【エネから見える世界】「ノルド・ストリーム2」の建設着々、あとはデンマーク部分)。
ここにきて、新たな動きが出てきたので追記する。
米上院が送ガス管「ノルド2」建設計画に対する制裁強化法案を公表

黄色の点線部分が、ノルド・ストリーム2のルート(ガスプロムのニュースリリースより)
ノルド2プロジェクトに関連し、米上院は6月4日、米政府がすでに科している制裁をさらに強化する法案を公表した。
新法案は、上院外交委員会に所属する共和党のテッド・クルーズ上院議員(テキサス州選出)と、民主党のジーン・シャヒーン上院議員(ニューハンプシャー州選出)らが主導するものだ。
ロイター通信によると「パイプ敷設活動に関与する団体や、プロジェクトに対して引き受けサービス、保険、再保険を提供する団体への罰金を盛り込む内容」という。
米国はこれまで、敷設事業に参加する企業に制裁を科してきたが、制裁内容をさらに強化することでロシアに圧力をかけようとしている。
クルーズ上院議員は、公式ホームページで「(ロシア主導のノルド2プロジェクトは)米国の国家安全保障を脅かすものであり、これを完成させてはならない」と強調。他方、シャヒーン上院議員は「ロシアがウクライナと欧州のエネルギー自給を脅かしている」と警告した。
ロシアへの経済制裁に動く一方、米国はロシア周辺国とのエネルギー分野での関係を強化している。2014年のロシアによるクリミア併合以降、ロシアからの天然ガス依存脱却を急ぐウクライナ政府は5月末、米ルイジアナ・ナチュラルガス・エクスポーツと液化天然ガス(LNG)輸入合意にかかわる覚書(MOU)を閣議決定した。ウクライナは今後、米国産LNGを年間ベースで少なくとも55億立方メートル分を輸入することになるという。
5月半ばには、1990年代にロシアとポーランドとの政府間で交わした天然ガス輸送の通過ルートにかかわる取り決めで、欧州連合(EU)のルールに基づき、更新しないことが判明した。
そのほか、競争監視や消費者保護を目的とするポーランドの政府系組織である「UOKiK」は6月初旬、ノルド2の運営主体であるロシア国営ガス会社のガスプロムに対し、プロジェクトにかかわる契約上の違反があったとして、約5,600万米ドルの罰金を科す方針を明らかにした。
ノルド2完成を見据え、ロシアはガス複合施設の建設計画を公表
米国の新法案について、ロシアは「欧州連合(EU)の政策にかかわることは欧州の人たちに委ねるべき」との姿勢を貫く一方、ノルド2の完工を見据え、天然ガス関連施設の建設にかかわる計画を発表するなど、粛々と敷設事業を進めている。ドイツも、アルトマイヤー経済相が5月末、「国際法に抵触する」などとして、米国への不快感を露わにした。
ガスプロムによると、新たな天然ガス複合施設はノルド2の出発点であるウスチ-リガに建設される。天然ガス処理能力は年間450億立方メートルで、ロシア最大級の規模となる。また、LNGプラントのLNG生産能力は1,300万トン/年で、稼働後にはエタンや液化石油ガス(LPG)などを生産するとしている。
他方、ノルド2の稼働見通しについて、プーチン大統領は年末ないしは21年初めとする従来方針を崩していない。敷設工事は現在、あと160キロメートルほどを残すところまで完了しているという。
法案署名でトランプ大統領は苦渋の選択か-対中国政策を優先しロシアに歩み寄りも
新型コロナウイルスの感染拡大が世界規模で深刻化するなか、とりわけ、米国とロシアは感染者数が突出するなど、コロナ禍による経済への影響も甚大だ。2020年4~6月期の米国内総生産(GDP)は前期比で40%近いマイナス成長(年率換算)が予想される。ロシアでは原油安の影響も加わり、4月の実質GDPが前年同月比で12%減少した。
経済状況の悪化が表面化するなか、トランプ米大統領は5月30日、当初6月にワシントン近郊で予定していた主要7カ国首脳会議(G7)の開催時期を9月中旬に延期することを明らかにした。
また、G7だけでなく、ロシア、韓国、豪州、インドの4カ国を招待する意向も示した。コロナウイルスの感染拡大で中国責任論を繰り返すトランプ氏にとり、中国包囲網を構築するためには、G7だけでなく、ロシアなどの参加が不可欠と判断したようだ。
コロナ禍による経済への大打撃によって11月の米大統領選挙でトランプ氏の再選が不透明な情勢となってきた。さらに、米ミネソタ州のミネアポリスで警察に拘束された黒人男性が死亡した事件をきっかけに抗議デモ「Black Lives Matter」が米国内にとどまらず、欧州やカナダなど世界各地に広がるなど、事態を収束できないトランプ政権に批判が集中する。
一方、憲法改正法案の全国投票を7月1日に控えるロシアでは、コロナや景気対策の遅れなどからプーチン大統領の支持率が過去最低となっている。全国投票の結果次第では、プーチン氏の大統領5選にも影響を及ぼす可能性がある。
米上院の制裁強化法案が成立するためには、今後、上下両院の可決に加え、トランプ大統領の署名が必要となる。石油など化石燃料を中心とする「エネルギー支配戦略」を推し進めるトランプ政権。平時であれば、大統領がすぐにも法案に署名するだろう。
ところが、新型コロナウイルスの封じ込めや経済回復、暴動鎮圧といった難題が山積し、いまは有事に等しい。中国包囲網の構築を最優先に位置付けるトランプ大統領は、中国とロシアを天秤にかけ、どちらが最善の選択かを迫られそうだ。
こうした状況を踏まえ、米国政治の専門家の間では「トランプ大統領は再選しか考えておらず、対中国政策でロシアを自らの陣営に抱き込みたいはずだ。エネルギー分野でロシアに譲歩する姿勢を見せるため、署名を見送ることもあり得るのではないか」(政治アナリスト)との声さえ出ている。