『ノーヴァヤ・ガゼータ・ヨーロッパ』は、ナターリヤ・ズバレーヴィチ・モスクワ国立大学地理学部教授のインタビューをYOUTUBEに掲載した。動画はこちら
同教授は、ロシア経済、特に地方経済の専門家として、国際的に有名である。
前回に続き、このインタビューを抄訳して紹介する。
今回は、制裁に対するロシア政府による対応の評価、制裁がロシアの各地域に与える影響と長期的に展望に関する部分を紹介する。
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▼ロシア政府の役割
(質問)ロシア経済では政府部門の比重が大きいので、このことが経済の崩壊を防ぎ、新しい状況への適応を助けているのではないか?
(ズバレーヴィチ)政府部門の比重が(GDPの)70%もあるという誰かの見方には同意できない。40%位だろう。また政府が常にビジネスを助けているかと言えば、そうでもない。政府はガスプロムを助けてはおらず、ガス戦争の中でガスプロムのビジネスは破壊されている。自営業のように、純粋に民間が意思決定しているようなビジネスは、てんてこ舞いしている。軍需産業は、政府が完全に支配しており、巨額の政府予算の投入もあり、着実にやっている。食品産業は政府と関わりないが、新しい状況に適応できている。他方、自動車産業も政府と関わりないが、適応できていない。自動車産業は外国資本により経営されているので、どうしようもない。
いずれにせよ、経済の崩壊は起きないだろう。
▼各部門毎の適応
(ズバレーヴィチ)ロシア経済の全般的な悪化傾向に、色々なセクターが、それぞれに適応しようとしている。このプロセスの状況は、分野毎に異なる。
食品産業は、最もしっかりと適応できている。
機械製造業でも、隙間(ニッチ)の分野で、技術的に簡単な製品、たとえばコンバインの製造が伸びている。そのような隙間の需要は色々ある。
石炭産業とガス産業は最も要注意であり、これらの部門の適応は、苦痛に満ちたものになるだろう。
石油精製業も2023年初めの状況を見る必要がある。重油をどこに売りさばくのか。ディーゼルも生産した4分の3をこれまで輸出していた。
(質問)ロシアが今作っている製品は、技術的には遅れたものということか。
(ズバレーヴィチ)その通り。ロシア経済が、技術的に遅れたものの製造に一歩一歩傾いていき、構造的に変容していく流れがある。
▼ロシア政府の政策
(ズバレーヴィチ)消費市場がパニックになっていないのは、ロシア政府の政策の効果がある。
第1に、並行輸入の合法化である(3月30日)。
第2に、中央銀行が利子率を20%に上げたことである。預金者による襲撃を止めた。
第3に、低所得者に対して、ターゲットを設定して支援したことである。具体的には物価にスライドさせた年金引き上げ、最低賃金引き上げ、貧困層への支援である。失業者も増えていない。
実質所得の減少は、ものすごいインフレによりもたらされてはいる。第1四半期はマイナス1%、第2四半期はマイナス2%、2022年通年ではマイナス3%になるかどうかで、私はそれほどにはならないと思う。
▼4つの地域の状況
経済状況は地域で大きな相違がある。4つの地域に分けて述べる。
第1の地域:モスクワ、サンクトペテルブルグ、オムスク、ペルミ、イジェフスクなどの人口50万人超の大都市
モスクワ、サンクトペテルブルグでは、大企業がインフレに対応して賃上げをした。(これらの都市での)3月の所得税徴収額は21%も増えた。冶金業でも、5月にインフレに対応して賃上げした。
このように、賃上げ、低所得者対策、失業の防止、インフレ抑制が功を奏している。失業者が増えると思っていたのだが、その予想は見事に外れた。
第1の地域は問題があるが、解決可能である。モスクワは、他の地域に比べて、比較的この危機をうまくやり過ごせる状況にある。
オムスクは、工場のリノベーションなど以前から計画されていた作業を行うことで、雇用を維持している。しかし収入は減っている。
イジェフスクは、補助金を沢山受け取り、労働者を解雇しないとしているが、自動車生産をしないのであれば、何を生産したら良いのかという大問題がある。
ウラジーミルもこのカテゴリーに入れてもいいかもしれない。
(オムスク(人口115万人)、ペルミ(105万人)はロシアの中部に位置する産業都市で、オムスク州、ペルミ州の州都。産業都市。イジェフスク(人口60万人余)、ウラジーミル(人口30万人余)は、ロシア西部にあるウラジーミル州、ウドムルト共和国の首都。共に自動車、トラクターなどの輸送機器を含む機械製造業あり。)
第2の地域:人口数十万人以下の地方産業都市
人口数十万人以下のいくつかの地方産業都市は、今回の危機から大きな打撃を受けている。グローバライゼーションに連動し、最新技術と部品を国外から導入してきた地域だが、今日、そのような国際的関係から切り離されてしまった。将来の見通しも不安定である。
第3の地域:田舎の村
田舎の村が貧窮化していることは疑いない。但し北カフカース(黒海とカスピ海に挟まれた地域、クラスノダール地方、スバヴロポリ地方、チェチェン共和国、ダゲスタン共和国など)、アルタイ(ロシア南部でカザフスタン、中国、モンゴルと接する)は除く。
というのは、この地域は、住民が若く、状況も異なる。ここで言う田舎はお婆さんが住んでいるような田舎である。住民はライフ・スタイルを変えないようにしているが、消費を減らし、肉を買う頻度を減らし、安い薬を買い、生活水準を下げている。
貰える補助金も少なく、若者にとっての仕事も少ない。仕事を求めるために他地域に行かざるを得ない。労働市場に流入する若者は減り、1950年代生まれの多くの人々が年金生活に入るため、教育・技術がある若者は仕事を見つけることはできるだろう。
第4の地域:
都市の周辺地域でも新興地域は、補助金をもらい続ける。しかしそのことは補助金が経済を支えるという問題が続くことでもある。
▼結論
(ズバレーヴィチ)石油業、冶金業などからの収入が、国庫に資金をもたらしていた。これらの収入が減少すれば、その収入でこれまで支えられてきた地域、たとえばボログダ州(ロシア北西部)、チェリャビンスク州(中南部)、スヴェルドロフスク州(中央部)、リペツク州(西部)などの経済が苦境に陥る懸念がある。この問題に対する答えは私にはない。
私は有識者、専門家を対象とする講演で、これまで補助金の資金源になってきた産業からの収入が減少したら、ロシア経済はどうなるのかと問いかけてきた。やはり有識者、専門家もこの問いに対する答えはない。
3月に予想された大破局は来なかった。9月になって分ってきたのは、着実に少しずつ状況は悪化しているということである。これに人々もビジネスも適応しようとしている。
古くて悲しいアネクドート(小話)を思い出す。子供がどこか(穴か何か)にはまり込んでしまったと父親に言うと、父親が「何でもないよ。そこでも住めるように慣れればいいのさ」と答える。本当に憂鬱な話だ。
(質問)確かなことは、長期的にロシア経済に成長の見通しは無いということか?
(ズバレーヴィチ)その通り。発展の見通しがない。発展の見通しは、濃い霧の中である。この点は大きな問題だ。
2022年9月29日発表(翻訳:村木洸太郎)
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