日本銀行は12月16・17日に開かれた金融政策決定会合で、大方の予想通りに金融政策の変更を見送った。その直前には、FRB(米連邦準備制度理事会)がテーパリング(資産買い入れの段階的縮小)の加速、BOE(イングランド銀行)が利上げ(政策金利引き上げ)、ECB(欧州中央銀行)がPEPP(パンデミック緊急買入れプログラム)の終了をそれぞれ決めていた。
このように欧米主要中央銀行が次々と正常化策を進める中でも、物価情勢が総じて安定しており、また物価上昇率が目標水準を大きく下回っている日本の事情を反映して、日本銀行は政策の現状維持を決めたのである。
ただし、コロナ対応の特別プログラムについては、一部を終了させるなど、正常化の側面も見せている。この決定には、日本銀行のみが中央銀行の正常化策の流れから取り残されている、との見方が円安に繋がり、輸入物価の上昇が企業や家計の活動に悪影響を与えるリスク、あるいはそれを受けて日本銀行への批判が高まるリスクを低下させる狙いもあったのだろう。
大企業向けのコロナ特別対応は終了
日本銀行は、コロナへの対応として、CP・社債等の買入れ増加策と銀行への資金供給オペからなる「新型コロナ対応資金繰り支援特別プログラム」を実施してきた。期限は2022年3月末であったが、これを2022年9月末まで半年間延長することを今回決めたのである。
大企業については、CP・社債の発行環境が良好であることから、特別支援策を打ち切る。具体的には、2022年3月末が期限となっていた、合計約20兆円の残高を上限とするCP・社債の買入れ措置を予定通りに終わらせ、感染症前のCP等約2兆円、社債等約3兆円の水準へと徐々に引き下げていくことを決めた。また、大企業と住宅ローンが中心の、民間債務担保分のコロナオペについても、期限通りに2022年3月末で終了させる。
他方で、中小企業の資金繰りには一部厳しさが残っていることから、中小企業向けのコロナオペについては、2022年9月まで半年間延長する。ただしこれについても、政府が主導する信用保証付きコロナ貸出である「制度融資分」と、銀行が信用リスクを負うコロナ貸出の「プロパー融資」とで、異なる対応を決めた。
「制度融資分」については、従来、+0.1%の付利と2倍のマクロ加算というインセンティブが付与されていたが、これを+0%の付利(貸出促進付利制度のカテゴリーⅢ)、2倍ではなく貸出相当額のマクロ加算にそれぞれ修正された。インセンティブを低下させたのである。これを受けて来年4月以降、銀行によるその利用額は減っていくだろう。
他方、プロパー融資については、今まで通りに+0.2%の付利(貸出促進付利制度のカテゴリーⅠ)、2倍のマクロ加算という強いインセンティブが維持される。
政府の無利子無担保融資については、既に新規の取り扱いを終えていくことから、それを側面から支援する狙いで始めた日本銀行の「制度融資分」オペも終了させるのは自然なことだろう。他方、銀行自らがリスクをとって行うコロナ貸出については、日本銀行が強いインセンティブを維持して、引き続き側面支援していく構えである。
円安圧力にどう対応?
このように、今回の特別プログラムの見直しを通じて、日本銀行もコロナ問題への緊急対応を一部正常化させる姿勢を示した。しかし、欧米主要中央銀行が相次いで打ち出した正常化措置と比べれば、明らかに見劣りするものだ。
「日本の経済、物価環境が欧米とは異なることから、政策対応が異なるのは当然」、というのが日本銀行の説明だ。その説明は正しいが、「2%という日本にとっては高すぎる物価目標への執着が、金融政策の自由度を奪い、硬直化させてしまっている」という日本の金融政策の問題点が、ここにきて改めて浮き彫りになっている面があることも否定できない。
日本と海外との金融政策の姿勢の違いが、この先さらに円安圧力になる場合には、それによる輸入物価の上昇が企業収益や家計の生活を圧迫するとの懸念が高まる。さらに、円安を促す日本銀行の政策に対する批判が高まる可能性もあるだろう。あるいは、円安進行を受けて金融市場では、日本銀行も正常化策に踏み切るとの観測が浮上する可能性もあるだろう。
ただし、円安が進んでも、日本銀行が実際に正常化策に本格的に乗り出す可能性は当面のところはかなり低い。それでも、2023年4月の黒田総裁退任後に正常化策が行われるとの期待が、市場で高まっていく可能性はあるだろう。日本銀行はそうした金融市場の観測を黙認することで円安圧力を抑えていく、といった高度な戦略をとっていく可能性もあるのではないか。
目くらましの日銀「正常化」策 欧米に見劣り |
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【木内前日銀政策委員の経済コラム(110)】2%という高い物価目標が、金融政策の手足を縛る
公開日:
(マーケット)
日銀本店=Reuters
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木内 登英(前日銀政策委員、野村総研エグゼクティブ・エコノミスト)
1987年野村総研入社、ドイツ、米国勤務を経て、野村證券経済調査部長兼チーフエコノミスト。2012年日銀政策委員会審議委員。2017年7月現職。
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