当初の柱となるのは、①サプライチェーンの強靭化、②基幹インフラの安全性・信頼性確保、③官民が協力し先端的な重要技術を育成・支援する枠組み、④特許非公開化の措置を講じた機微な発明の流出防止、の4点である。
このうち、今後一段と強化されていき、企業経営にも大きな影響を与える可能性があるのが③官民技術協力だ。
2021年6月に、東京証券取引所から「コーポレートガバナンス・コード」の改訂、金融庁から「投資家と企業の対話ガイドライン」の改訂がそれぞれ公表された。
「投資家と企業の対話ガイドライン」とは、金融庁の説明によれば、「コーポレートガバナンスを巡る現在の課題を踏まえ、スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードが求める持続的な成長と中長期的な企業 価値の向上に向けた機関投資家と企業の対話において、重点的に議論することが期待される事項を取りまとめたもの」、である。
そしてこの改訂では、「国際的な経済安全保障を巡る環境変化」という文言が急遽加えられた。それが、以下の部分である。

「投資家と企業の対話ガイドライン」(金融庁)から
「また、例えば、取締役会の下または経営陣の側に、サステナビリティに関する委員会を設置するなど、サステナビリティに関する取組みを全社的に検討・推進するための枠組みを整備しているか」
この記述は、あたかも、ESG、SDGs、サステナビリティと同列に経済安全保障への対応が企業に求められているかのような印象を与えるものではないだろうか。
▽日本企業の間で広がる経済安全保障への対応
経済安全保障法案が今年成立すれば、政府は、重要技術の海外流出、外資による日本企業への影響力増大などに警戒して、そうしたリスクを減らすよう、企業により強い協力、対応を求めることになるだろう。
政府が主要企業に対して、経済安保の担当役員を設置することを主張する声も上がっている。次回の「コーポレートガバナンス・コード」の改訂や、金融庁から「投資家と企業の対話ガイドライン」の改訂には、それが盛り込まれるかもしれない。
企業の間には、経済安全保障への対応、政府の経済安全保障政策への協力を意識して、新たな組織を社内に設置するところもでてきた。
富士通は、昨年12月に「経済安全保障室」を新設した。室長以下5人を配置して、各国の政策が自社の事業に与える影響を評価するとともに、対応方針を策定する考えだ。
政策渉外担当の執行役員専務が、経済安全保障担当も兼務する。NECも経済安全保障室を新設している。今後は、同様の組織を社内に設置する企業が増えてくるだろう。
▽国益と企業・ステークホルダーの利益とは別
ただし、政府が企業に経済安全保障への対応を求めると、それは、企業の自由な経済活動を制限し、特には収益環境を損ねてしまうこともあるだろう。ESGやSDGsへの対応であれば、株主を含む全てのステークホルダーの利益に適うものといえるが、経済安全保障への対応はそれとは異なる。
経済安全保障政策は日本の国益を守るための政策であるが、それは企業の株主などステークホルダーにとっての利益とは必ずしも一致しない。外国人の株主も多少なくないことを考えれば、それは明らかだろう。
経済安全保障政策への協力の名のもとに、政府が企業の活動に過度に関与すれば、経済の非効率を招きかねない。それは、健全な企業活動と強い経済が、経済安全保障の観点から求められることとも矛盾してしまうだろう。
政府の経済安全保障政策の有識者会議でも、この政策が企業活動を過度に制約することへの警戒から、「規制対象の明確化や、企業への丁寧な説明が必要だ」などの指摘が上がったという。
政府には、今後の法制化に向けて慎重な対応を求めたい。仮に企業への規制が行き過ぎてしまえば、「企業の活動は国家の発展のためになければならない」として、企業に対する統制を急速に強める中国に一歩近付いてしまうのではないか。