ロシア政府は4月4日に期限を迎えたドル建て国債の償還と利払いを、ドルではなくルーブルで実施した。同日に米財務省が、制裁措置の一環として米銀に対してロシア政府がドル建て国債の償還、利払いを行うことを許可しない方針を突如打ち出したためである。その後、ロシア財務省は、「債務返済は完全に履行されたと考えている」と説明した。
米大手格付機関のS&Pグローバル・レーティングは4月8日に、ロシアの外貨建て国債の格付けを「SD(選択的デフォルト)」に引き下げた。30日間の猶予期間中にドルで債務の返済が履行される可能性が低いと判断したのである。そのうえでS&Pは、ロシア政府、企業が発行する証券の格付け自体を撤回し、格付け業務を停止することを発表した。
3月のEU(欧州連合)の要請に応じて、4月15日までに主要格付け機関はいずれも、ロシアの格付け業務を停止する。通常は、主要格付け機関がデフォルトの格付けをすることで、デフォルトが正式に認定される。ところが、彼らがロシアの格付け業務を停止することから、30日間の猶予期間を終えても正式にロシアの外貨建て国債のデフォルトは認定されないことになる。
▽ロシア政府は外貨建て国債債務返済よりもルーブルの安定を優先か
30日間の猶予期間中に、ロシアがドルで債務の返済を行う可能性も比較的小さいもののまだ残されてはいる。エネルギー関連の輸出代金としてロシア企業が得る外貨を政府が利用することで、ドルでの支払いを続けることができるかもしれない。
ただし、輸出代金で得た外貨の8割をルーブルに換えるよう、ロシア政府は既に企業に義務付けている。これは、ルーブルの買い支えを狙った施策である。その結果、企業の手元に外貨は多く残らないはずだ。
さらに、ロシアの最大の輸出品目である天然ガス、原油、石炭などは、欧州向けが中心であり、それはドル建てではなくユーロ建てだ。また、ロシアが一方的に要求している天然ガスのルーブル建てでの支払いスキームでは、やはりルーブルの買い支えを狙って外貨は全てルーブルに転換される。そしてロシアは、そのスキームを他の輸出品にも広げていく方針を示している。
こうして考えれば、ロシア企業が保有するドルは多くは積み上がらず、それを利用してドル建て国債の債務返済をロシア政府が進めていくことは簡単ではなさそうだ。また、先進国側の一段の制裁強化によって、ロシアの輸出が先行きさらに減少する可能性も考えておく必要がある。
ところで、ロシアが輸出代金の外貨を全てルーブルに換えるスキームを幅広い輸出品目で進めようとしていることは、外貨を手元に維持して、外貨建て国債の債務返済を進めることと矛盾する。このことは、ロシア政府が外貨建て国債のデフォルトを回避するよりも、ルーブルの安定の方を重視している表れかもしれない。
前者は対外的なロシアの信頼を損ねることになるが、後者については、ルーブル安が物価高騰をもたらし、ロシア経済の混乱を引き起こすことで、国民の不満が高まり、国内での政権基盤を揺るがすリスクに繋がりかねないからである。
後者の点により配慮するのであれば、手元に残される少ないドルを、今後も外貨建て国債の返済に優先的に充てないかもしれない。
▽ウクライナ侵攻以降で初めてのロシア企業のデフォルト
11日にロイター通信が報じたところによると、国営ロシア鉄道は3月14日が期限のスイス・フラン建て社債の利払いが実行できずに、デフォルトに陥ったという。ロシアのウクライナ侵攻以降、ロシア企業のデフォルト認定は、これが初めてのことである。
重要なのは、このデフォルトを認定したのは誰か、という点だ。通常、デフォルトの認定を行う主要格付け機関は、既にロシアの証券の格付け業務を停止しつつある。今回デフォルトを認定したのは、金融商品の業界団体である国際スワップ・デリバティブズ協会(ISDA)である。
推察ではあるが、ISDAがデフォルトを認定したのは、国営ロシア鉄道の発行した外貨建て社債について、CDS(クレジット・デフォルト・スワップ)が発行され、取引されていたためではないか。
このCDSとは、デリバティブ取引の一種で、債券などの信用リスクを取引する金融商品だ。債券を保有する投資家は、それがデフォルトに陥る場合には元本が返済されない、という信用リスクを抱える。そのリスクをカバーするために、投資家は「保険商品」に当たるこのCDSを購入するのである。
▽国際スワップ・デリバティブズ協会がロシア国債のデフォルトを認定か
ロイター通信によると、ロシアに関するCDSの契約残高は60億ドル前後あるという。ロシアの外貨建て国債についても、CDSが発行されている。4月4日の償還・利払い期限の日にロシアがドルでの債務返済ができなくても、ルーブルやルーブル建て国債の価格は大きく変動しなかった。
しかし、ロシアの外貨建て国債のCDSは敏感に反応し、ロシア国債の保証率が上昇して100%を大きく超える水準で推移した。ロシアの外貨建て国債の価値はゼロになったと市場は理解したのである。
30日の猶予期間が過ぎ、5月4日になっても、もはや主要格付け機関はロシアの外貨建て国債のデフォルト認定を行わない。それに代わってデフォルトの認定を行うのは、ISDAではないか。実際、ISDAのクレジットデリバティブ決定委員会は、外貨建てロシア国債のデフォルト認定の是非を検討し始めている。
主要格付け機関のデフォルト認定を待って正式なデフォルトと判断されるのが普通だ。しかし、今回は、主要格付け機関がデフォルト認定を行わないことから、ISDAのデフォルト認定を持って、国際社会、グローバル投資家などは「ロシアの外貨建て国債のデフォルトが確定した」、と認識することになるのではないか。
いつ誰がロシアのデフォルトを認定するのか |
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【木内前日銀政策委員の経済コラム(118)】主要格付け機関はロシアのデフォルト認定を行わない
公開日:
(マーケット)
クレムリン=㏄byРустам Абдрахимов
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木内 登英(前日銀政策委員、野村総研エグゼクティブ・エコノミスト)
1987年野村総研入社、ドイツ、米国勤務を経て、野村證券経済調査部長兼チーフエコノミスト。2012年日銀政策委員会審議委員。2017年7月現職。
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