香港の一国二制度をまさに形骸化しかねない香港国家安全法が、6月30日に施行された。ところが、香港株式市場はそれから高騰を続け、7月7日には2年5ヶ月振りの最高値を付けたのである。
同法の施行によって、むしろ香港の治安が安定化し、不動産市場や経済を低迷させてきた混乱が収まる、との期待が背景にある。また、中国本土の投資家の資金が香港市場に大量に流入していることも、香港での株価上昇の要因のようだ。
また、香港は中国企業の上場ラッシュに沸いている。6月には米ナスダックに上場する中国インターネットサービス大手の網易、及びネット通販大手の京東集団(JDドットコム)が相次いで香港証券取引所に重複上場した。検索サイト大手の百度(バイドゥ)の香港上場観測も取り沙汰されている。
トランプ政権が中国企業を米国市場から締め出そうとしていることが、香港での中国企業の上場ラッシュを招いている。トランプ政権は米国市場に上場する中国企業が、会計検査や情報開示に消極的なことを問題とし、監査や検査を拒否した企業の上場廃止を含む規制強化に踏み出しているのである。
最近では、ナスダックは、不正会計操作が発覚した中国カフェチェーン大手ラッキンコーヒーに対して、5月以降2度にわたって上場廃止を通告した。
しかし、中国企業の上場や中国本土からの投資資金流入によって香港市場が活況を維持し、また時価総額を拡大させていくとしても、国際金融センターとしての地位向上とは言えないのではないか。それは、中国の金融センターとしての発展である。
国際金融センターとしての香港の将来を占うためには、香港で活動する外国企業の動向、海外投資家の動向に注目する必要があるだろう。
香港国家安全法の施行を前にして、中国外務省は、外国企業の経済団体や外交官を集めて、「パニックに陥る必要はない」との政府のメッセージを伝え、「同法の対象となるのはごく少数の過激派勢力であり、香港の自由市場の精神は妨げない」と説明したという。
外国企業の懸念は払拭できない
ただし、香港国家安全法が香港の外国企業にどのように適用されていくのかは不確実であり、将来的にその活動を制約する懸念は残されている。
中国政府は、当局の取り締まりは抗議活動家に向けられたもので、法律を順守する企業は関係ない、と説明している。しかし、街頭のデモ参加者の中には、大手の外国企業の従業員も少なからずいるはずだ。この点からも、外国企業に香港国家安全法が適用されない保証はないのではないか。
中国にとって、海外からの資金を調達することがさらなる成長には不可欠だ。そのため、国際金融センターとしての香港の役割は重要である。
この点を踏まえれば、中国政府も香港の外国企業の活動をいたずらに阻害することは避けるだろう。政治問題には口を出さないことを前提に、中国政府と外国企業が蜜月状態を当面維持することは十分に考えられるところだ。
しかし、中国政府が何よりも体制維持を優先するのであれば、香港の外国企業の活動を制限する事態に至ることも、将来的には考えられるだろう。
さらに、米国政府は香港に対する制裁措置を今後次々に打ち出していく。その流れは、仮に大統領選挙で政権交代がなされても変わりそうもない。それが、米国も含む外国の企業の香港での活動を制約し、それらが次第に香港から離れていくきっかかけとなりうるのではないか。香港の外国企業は、米中の間で板挟みとなり、両国の対立に翻弄されるのである。
こうして、香港で外国金融機関のプレゼンスが低下していった場合、中国政府は国の威信にかけて、香港市場を支えようとするだろう。現在のように中国企業の上場、本土投資家の香港への投資を強く促すのではないか。その結果、1997年の独立から約11倍に増加した香港株式取引所の時価総額は、さらに増加していくだろう。
しかし、それはもはや国際金融センターとしての成長とは言えず、中国金融センターとしての成長である。これは、東京市場の規模は相応に大きくても、海外のプレイヤーのプレゼンスはそれほど大きくない点と似ている。
このように、香港国家安全法を契機に、香港は中国化し、成長を続けながらも国際金融センターから中国金融センターへと変質していく可能性が展望できるのではないか。
香港、「国際金融センター」から「中国金融センター」へ |
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【木内前日銀政策委員の経済コラム(72)】国家安全法施行後の香港株高はなぜ
香港証券取引所=Reuters
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木内 登英(前日銀政策委員、野村総研エグゼクティブ・エコノミスト)
1987年野村総研入社、ドイツ、米国勤務を経て、野村證券経済調査部長兼チーフエコノミスト。2012年日銀政策委員会審議委員。2017年7月現職。
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