内閣府が8月17日に発表した2020年4-6月期GDP統計1次速報で、実質GDPは前期比年率-27.8%と、リーマンショック後の2009年1-3月期の前期比年率-17.8%を下回り、戦後最大の悪化となった。
落ち込み分のうち6割程度は、個人消費の減少によるものだ。内訳を見ると、サービス消費が前期比年率-42.0%と劇的に減少した。サービス分野を中心とする不要不急の消費の相当部分が、4-6月期に消滅したことを裏付けている。
先行きの個人消費を占ううえで注目されるのが、雇用・所得環境の急激な悪化を映して4-6月期の実質雇用者報酬が、前期比-3.7%とやはり歴史的な落ち込みとなったことだ。リーマンショック後の2009年1-3月期には、実質雇用者報酬は前期比-1.0%であったが、今回はそれを大幅に上回る悪化である。
4-6月期の個人消費の悪化は、コロナ問題に関連した不要不急の消費の抑制に集中したが、雇用・所得環境の悪化を受けて、消費の抑制はこの先、より広範囲に広がっていく可能性が高い。これが、7-9月期以降の経済活動の持ち直しを大きく制約するはずだ。
そのため、輸出と在庫投資に一定程度回復が見られるとしても、7-9月期あるいは10-12月期の成長率は低めにとどまるだろう。もはや、景気がV字型回復を遂げる可能性はほぼ無くなったと言える。
コロナショックが日本経済に与える中長期的な影響を考える上では、11月に発表されるGDP統計7-9月期1次速報の方が、より重要である。
感染拡大や緊急事態宣言を受けた経済の落ち込みが仮に短期間で終わり、7-9月期GDPが4-6月GDPの下落分を一気に取り戻す幅で回復するのであれば、日本経済にとってコロナショックの後遺症は軽微で済むだろう。しかし、その可能性はほぼ無くなった。
筆者は、7-9月期の成長率は同+7%程度と、かなり低めの成長率にとどまると現時点では考えている。これは、全国ベースでの緊急事態宣言が再び発動されないことが前提であるが、仮に9月に再発動となれば、7-9月期の成長率はさらに下振れ、個人消費はマイナスの成長率を続ける可能性も出てくる。
通常の景気後退とは異なる経済の悪化
仮に、7-9月期の成長率が前期比年率+7%程度となれば、4-6月期GDPの落ち込み幅のちょうど4分の1の戻りにとどまる。これでは「経済は持ち直しに転じた」とは言えず、「とりあえず底には達したものの、その後もなお底這い状態を続けている」との表現の方が妥当であろう。
ちなみに、リーマンショック後の2009年4-6月期の実質GDPは前期比年率+8.6%と、前期の落ち込み幅のちょうど半分を取り戻す増加率となった。今回はそれを大きく下回る可能性が高いだろう。
感染リスクを減らすために、消費者は消費行動を構造的に変化させ、こうしたサービス消費を恒常的に一定程度抑えることになるだろう。その結果、仮に感染問題が緩和されても、需要は元の水準には戻らないのである。この点が、通常の景気後退とは大きく異なる。
さらに、自動車購入の場合などとは異なり、ひとたび供給制約が解消されると、それまで抑えていた消費が一気に噴き出し、消費の遅れを取り戻すといった、いわゆる「ペントアップ・ディマンド」は、飲食店、旅行関連、テーマパークなどのサービス消費では生じにくい。毎日旅行に行く、毎日テーマパークに行く人はいないからだ。そのため、コロナショックで永遠に失われる需要は少なくないのである。
また、コロナショックに限らず、供給制約から始まる経済の悪化は、早晩、需要側にも及ぶことで、需要と供給の悪化がスパイラル的に進むのが通例だ。コロナショックの場合で言えば、休業を強いられた企業が雇用・賃金調整を行うことで、労働者の雇用・所得環境全体が悪化する。そのため、休業を強いられた業種以外も含めて個人消費全体が下振れてしまう。それがまた広範囲な雇用・賃金調整へと繋がる、といった経路である。
重要なのは、経済が大きく落ち込んだ後の持ち直しの程度が弱いほど、需要と供給のスパイラル的悪化はより深刻になることだ。
7-9月期の成長率が、4-6月期の成長率の落ち込み幅の4分の1程度の回復にとどまるとすれば、4-6月期に大幅に悪化し拡大した需給ギャップ(潜在GDP-現実のGDP)、つまり供給過剰が、7-9月期以降も高水準を維持することになる。そして、高水準の需給ギャップが長く続けば、企業にとっては過剰な設備と過剰な雇用を抱え続けることになる。それは、企業の収益を大きく損ねることから、企業は設備投資の抑制とともに、雇用の削減にも本格的に着手することになるだろう。経営環境の悪化に耐えられなくなった企業の倒産や廃業によっても、それは促されるのである。
高水準の需給ギャップ、供給過剰が長く続く
こうした経路で、需要と供給(設備・雇用といったストック)のスパイラル的悪化が増幅されることで、経済の調整は長期化してしまう。
コロナショックが、日本経済に中長期的にどの程度の後遺症を与えるのかは、7-9月期とそれ以降の回復ペースに大きく依存するのである。
4月に急増した休業者が減少するなど、コロナショックが雇用情勢に与える当初の大きなショックは一巡しつつあるようにも見える。自動車を中心に、生産活動の持ち直しの動きも一部に見られ始めている。
しかし、高水準の需給ギャップ、供給過剰が長く続く中、企業が持ちこたえられなくなって雇用の調整を本格化させる、あるいは倒産、廃業が増加し、それによって失業者の増加が本格化するのは、まさにこれからと言えるだろう。
こうした点を踏まえ、2019年10-12月期からマイナスに陥った実質GDPが、それ以前の水準を取り戻すのは、2024年10-12月期になると筆者は予想している。コロナショックによって、日本経済は失われた5年、全治5年の状況に陥るのである。
GDP コロナ前に戻るには5年かかる |
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【木内前日銀政策委員の経済コラム(75)】倒産・廃業と失業の本格化はこれから
公開日:
(マーケット)
Reuters
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木内 登英(前日銀政策委員、野村総研エグゼクティブ・エコノミスト)
1987年野村総研入社、ドイツ、米国勤務を経て、野村證券経済調査部長兼チーフエコノミスト。2012年日銀政策委員会審議委員。2017年7月現職。
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