中国では第20回共産党大会が開催されて習近平総書記が異例の三選を果たして閉幕、習近平総書記が世界第二の経済大国の舵取りを任されることになった。
経済面では2035年までに国民一人一人の豊かさを示す一人当たりGDPを先進国の中レベル並み(スペイン、ポルトガルなど)まで引き上げるという長期目標を確認した。一方で習近平政権が10年で所得倍増を狙った目標の達成は最近における世界経済の景気悪化、中国自身のロックダウンの影響から難しくなった。
中国はいわゆる「中進国のワナ」にとりつかれて成長の壁に突き当たっているとの見方も多い。のちほど見ていくが、習近平総書記が共産党絶対のコースを修正するとともに経済改革の再生をするようでなければ、中国はロシア、南ア、ブラジルと同じ高所得国の地位を得ようともがき苦しむこととなろう。
中国経済はこの20年間、競争力の高い輸出、ついでそれに加えてオフィスビル、マンション建設など不動産投資の急拡大に主導されて高成長を遂げてきた。その後、リーマンショックにあたって世界経済が急速に失速する中で公共部門による大型のインフラ投資も成長ドライバーとして躍進してきた。
しかし、まず輸出部門は、貿易黒字の累増に伴う米中貿易摩擦の激化などに象徴されるように中国製品の流れ込みに警戒色が強まっている。さらにウクライナでの戦争などを契機に欧米諸国でインフレ率が一段と高騰、FRB、ECBなどの中央銀行が金融引き締めに動いている。いずれ景気後退が起きる可能性は高く、つれて中国からの輸出も減少していくであろう。
次に成長を支えてきたGDPの40%に相当する規模で推移してきた不動産投資も急失速しており、恒大集団など不動産業者のデフォルト懸念、住宅ローンの焦げ付き増大などが起きそうであり、不動産投資に急ブレーキがかかってきた。つれて土地売却収入が地方政府の大きな財源となってきただけに地方政府も債務危機を迎えそうだ。
中国は景気悪化の際には道路、鉄道、港湾などのインフラ投資の拡大によって景気の失速を防いできた。高度成長を続けていく中で広大な国土を網の目のように充実させた高速道路や新幹線網の拡大、上海、大連など世界有数の貨物量を誇る港湾設備の充実は中国経済成長の土台作りに貢献した。
しかし、次第に経済効果の大きいインフラ投資も細ってきた。インフラ投資を行っても大きな乗数効果を生み経済効率の向上をともなう案件は少なくなってきた。
輸出、公共投資、不動産投資が限界に突き当たる中で、残るは最大の需要項目である消費の伸びに期待するしかない。しかし、結論を先に言えば、年金、医療保険などの社会保障制度が不備であることが必要以上の高貯蓄(=消費抑制)をもたらしている。
さらに消費社会に必要な言論や行動の自由度の高さもむしろ共産党によるコントロールを優先する習近平体制の下で抑圧気味となり消費の増大をおさえていく。従って、10年来の目標として掲げられた「消費主導経済」の達成は容易ではない。ただ短期的にはロックダウンの影響で一段と積みあがった強制貯蓄の存在から消費の増加がみられる場面もあるであろう。
中国政府も消費主導経済の実現が必要である事情は充分に理解しており、この10年間にわたって「消費主導型の成長」を唱えてきた。代表的なのが2012年に就任した習近平総書記が翌年発表した3中全会で示された「60項目の改革案」(正式には「改革を全面的に深化させるための若干の重要問題に関する中央委員会の決定」)である。
その中で習近平総書記は、市場の諸力と民間部門の活動を重視すると強調した。これにより中国を消費主導の成長経路に乗せることを謳いあげた。さらには不動産税の導入、農民や都市への出稼ぎ労働者に対する土地所有権の賦与、国営セクターへの民間資本の参入許可など今もって課題となっている改革案が盛り込まれている。
それ以来10年が経って多くの約束は未履行のまま残された。同時に中国経済は経済学で言う「収穫逓減の法則」(一定の土地からの収穫量が労働投入量の増加に比例せず、追加労働一単位あたりの収穫が低減していくこと)に直面する一方で、成長の多くを債務の累増を伴った不動産投資に依存するようになる。
しかし、その不動産投資も陰りが見え始めた現在、中国経済の成長率は初めてASEAN諸国に抜かれることになりそうだ。IMFでは2022年の成長率を中国3.2%、ASEAN5.3%、2023年を中国4.4%、ASEAN4.9%といずれもASEANの成長率が中国を上回ると推計している。
習近平総書記が予想通り異例の三期目の任期に入った現在、不動産投資の混乱からどのように経済をソフトランディングさせるかだけでなく、不動産ブーム崩壊後、どのようにして中国経済を成長させ続けるのかという問いに答えねばならない。
「60項目の改革」は消費と民間主導の経済による景気拡大のパスを示した。しかし、その後、国家の役割重視と民間セクターの役割縮小によって、この改革は実現できなかった。もし実現していれば7~8%の実質成長をいまも確保しえたと指摘するエコノミストもいる。
IMFによると、世界的に大衆消費社会が盛隆を極める中で、中国で消費の役割が増えていかないのは世界的例外であると断じている。中国の総貯蓄/GDP比は44%とOECD平均の22%と比べて2倍の水準にある。従って個人消費が全体に占めるウェイトも4割程度と7割の米国、6割のOECD平均に比べて低いものにとどまっている。
このような中国における高い貯蓄率の多くの部分は、住宅建設、教育費、医療費、老後の生活に備えたあまりにも用心深い姿勢を反映したものとみられる。
IMFでは中国経済におけるこのような異常に高い貯蓄率と低い消費水準を次のように指摘している。つまり、中国が高度成長を続けてきた間、中国政府が信頼に足る年金制度やその他の社会保障のネットワーク(国民健康保険、失業手当など)を構築することを怠り、国民が安心して消費支出にお金を回すことができなかったことにある、との指摘だ。
1980~90年代における中国の改革は中国を繫栄に結び付けた。鄧小平の決定、すなわち「先富論」は中国共産党と人民との間の契約を永遠に変える決定であった。民間の不動産市場は重要なパートになった。共産党一党支配のなかで国家がいまや唯一の地主であり開発業者であるという前提が崩れて建設ブームが巻き起こった。
ものすごい速さで浸透した住宅投資の民営化は民間のオーナーが1980年代の20%から2007年には90%にまで急上昇した。
この時代に自宅を保有する都市中間層が生まれてそのウェイトが急増した。その比率は2000年の全人口の3%から2018年には7億人、総人口の約50%に達した。一人当たりGDPは1990年までの30年間でほぼ10倍に達した。これに貢献したのが不動産取引の活発化であった。習近平政権の10年間で北京の地価は約2倍となった。一方で、新華社通信や人民日報でもその実現を訴えてきた消費主導経済は訪れなかった。
政府の医療保険は医療費のわずかな部分をカバーするに過ぎない。実際、中国の医療支出/GDP比は米国の16.7%、OECD平均の12.5%に対して5.4%に過ぎない。現在、国民健康保険が人口10億人をカバーするようになってもそのベネフィットは極めて限定的である一方、出稼ぎ労働者と日雇などの不安定な仕事に就くものは国民健康保険によってカバーされていない。
年金制度の整備も遅れている。昨年10月、共産党の公式な理論ジャーナルである「求是」において習近平総書記が寄稿して「中国は年金、医療制度を改善する必要がある」「年金の基本部分を徐々に引き上げていく必要がある」としつつも「政府がすべてに責任を持つこともできない」ともヘッジしている。今後、急速に高齢化していく社会の中で政府がセーフティーネットの充実に寛容な姿勢を取ることもできないからだ。また社会保障制度を充実させれば勤労意欲が低下することも懸念されているようだ。
中国政府は資金繰りの悪化に苦しむ不動産業者に対する緩和政策を強化してきた。習近平政権は不動産業者のデフォルトなどを通じて大きな経済的ショックをうけるのを和らげたい意向だ。
習近平総書記は、自ら唱える「共同富裕」の下で経済の大きな部分を国家のコントロールで意のままに動かしたい、という願望を明らかにしつつある。多くの中国ウォッチャーは、習近平政権は中国の成長をキャップする危険だけでなく、鄧小平以来続いている経済のダイナミズムを抑制する危険もあるとみている。
習近平総書記にとって中国の偉大な指導者である毛沢東を見倣った共産党による支配が何よりも優先される。消費経済を強固にしようと思えば、不可欠となる個人主義の広がりは習近平政権にとっては反党的な存在とも映ろう。
すなわち、消費社会を実現するには、習近平の専制政治の下で創造性、ダイナミズム、自由なコミュニケーション、さらには社会制度改革が行われるかにかかっている。習近平政権が「すべてを国家のコントロール下に置いて統制する」というのであればこれと正反対の動きである。
習近平総書記は10年間、権力の座にあって専制政治を強化してきた。その過程で共産党のコントロールを脅かすような社会改革をスローダウンさせるに重要な役割を演じてきた。例えば農村における土地所有の自由化の約束、また多くの出稼ぎ労働者(4億人)を基幹的なサービスから締め出すことにつながっている戸籍制度の弾力化などがある。しかし、戸籍制度を緩めて移動の自由を促進することは、習近平総書記の目指す共産党による社会のコントロールを妨げる方向に作用する。
このように、長い目で見れば社会保障制度の完備や民主化によって中国社会の自由度を引き上げない限り、持続的な消費主導経済を実現するのは難しいであろう。
しかし、短期の循環的要因で消費が上向くことはあり得よう。ゼロコロナ政策に伴うロックダウンの影響もあって中国の総貯蓄は増加傾向にある。2022年の上期における新規貯蓄額は10.3兆元と2021年中の9.9兆元を半期で抜き去っている。
社会改革の進展は家計の貯蓄を削減して行くのに充分ではないとはいえ、ゼロ=コロナ政策が廃止になれば家計は潤沢な現金の上に座っているから、短期的には貯蓄を減らして消費に回す動きが出ても不思議ではない。