国際通貨基金(IMF)は4月に発表した世界経済見通しの改定版を7月に発表した。これまで恒例の世界経済見通しには何度も接してきた。
しかし、わずか三カ月の間で、これだけ大幅に成長率を下方改定した一方で、物価上昇率を大幅に上方改定したのは見たことがない。なおかつ、世界経済におけるダウンサイドリスクを目白押しに指摘、強調した見通しも初めて見た。
まず、成長率の見通しだ。米国の第二四半期成長率が物価高騰に伴う個人消費の大幅な減少を主因に二期連続のマイナス成長となり、いわゆる「テクニカル・リセッション」となった。
IMFでは米国のみならず中国やロシアの景気低迷も加わって世界全体でも第二四半期がマイナス成長となったものと予測している。
世界経済の実質成長率は昨年の6.1%から2022年は3.2%とほぼ半減、2023年には金融引き締めの影響が浸透して2.9%と一段と低下するとの見通しとなった。
その要因としてIMFでは、物価上昇が大幅に予想を上回り欧米や新興国の金融当局が金融引き締めに動いたこと、中国の景気が新型コロナウィルスの拡大とロックダウンを受けて予想以上に減速したこと、ロシアのウクライナ侵攻が欧州を中心に成長、物価に大きなマイナスの影響をもたらしたこと、の三点を挙げている。
とくに米国については物価高騰に伴う実質所得の減少、金融引き締めから22年は1.4%、23年も1.3%とともに大幅に下方改定されて、23年第4四半期の成長率は前年比0.6%と低成長国の常連である日本と並ぶことになる。
中国もサプライチェーンのハブともいえる上海などにおけるロックダウンの強化と深刻化する不動産不況から22年の成長率は、4月の見通しから1.1%下げられて3.3%となるの見通しだ。2020年のコロナ禍発生当初を除き、最近40年余りで最低の水準となる。
欧州でもウクライナでの戦争の影響を最も強く受けるうえ、ECBによる11年ぶりの利上げの影響も加わって、22年の成長率はドイツ(4月時点の2.1%から7月は1.2%)、フランス、スペインを中心に大幅に低下する見通しとなっている。もっともEU復興基金が景気の下支えの役割を果たすものとみられる。
2022年の世界経済で特筆すべきは予想を上回る物価の大幅な上昇である。食料、エネルギー価格の上昇やサプライチェーンの混乱などが背景にある。
消費者物価を見ると、米国で6月に前年比9.1%上昇し、英国でも5月に9.1%とともに40年ぶりの高水準、ユーロ圏でも6月のインフレ率が8.6%と通貨同盟発足後のピークを記録した。新興国のインフレ率は第二四半期にはIMF推計で9.8%に達した。
とくにウクライナでの戦争を主因とする食料価格の上昇は、経済問題の次元から一部の発展途上国、最貧国における社会の安定に対する脅威となりつつある。他の消費財が価格上昇に合わせて支出を削減することが可能だが、生存に関わる食料を減らすわけにはいかないからだ。
今回の世界経済見通しの特徴は、多くの下振れリスクをこれでもか、というくらいに詳細に触れていることだ。まず、ウクライナにおける戦争によってエネルギー価格が一段と上昇しかねず、とくに欧州経済に対する大きな下振れリスクとなると指摘している。
すでにロシアから欧州へのパイプラインによるガス供給が前年の40%の水準にまで落ち込んでいる。ロシアがさらに供給削減に踏み切った場合、欧州ではエネルギーの配給制を強いられ、産業活動も大きく制約される懸念がある。
現実の高インフレが、これまで安定してきたインフレ期待のアンカー(錨)が外れることにつながる恐れも指摘、その場合、金融引き締めが強化されて今は想定されていないスタグフレーションに陥るリスクもありえるとしている。
先進国の金融引き締めが新興国、発展途上国における債務危機を招きかねないリスクも指摘している。ドル金利の上昇が借り入れコストの上昇につながる、さらにドル高・自国通貨安がドル建て債務の返済負担の増大をもたらすことになる。
すでに低所得国の60%が政府債務の返済に支障をきたしているか、そのリスクが高まっている。このため、新興国債券のスプレッド(信用力の最も高い米国債との金利差)は上昇しつつある。
IMFの役割としてはスリランカ、アルゼンチン、トルコなどで債務危機が起きた場合、IMF融資で事態の安定化を図ることにあるだけに、この部分は危機感にあふれている。
その他にも下振れリスクが指摘されている。その中でもIMFが恐れているのは中国の景気減速の長期化が起きた場合の世界経済に及ぼす悪影響だ。
例えば、感染力の強い変異株の大規模感染が起きてゼロコロナ政策の下で強力なロックダウンが導入されて生産・消費の下振れ懸念がある。
また不動産部門における価格調整、バランスシートの調整(借入金の圧縮、売れ残り在庫の処分など)が遅れれば、中国経済全般の調整長期化につながる。
このようなロックダウン、不動産部門の調整長期化は中国における持続的な景気減速を生み、ひいては世界全体にマイナスの波及効果をもたらすことになる。
IMFでは金融・財政政策面の対応についても提言している。金融政策面ではインフレ率とインフレ期待が執拗に上昇している多くの国では、中央銀行のバランスシートを縮小し、実質金利を大幅に引き上げる断固たる行動を取るべきである。
インフレ期待のアンカーが外れる前に低位で安定したインフレ率まで引き下げることによって投資と成長を促す環境を整備することができるためだ。
一方で財政政策は、物価安定のために必要となる景気の冷え込みがもっとも脆弱な失業者や低所得層など脆弱な人々を直撃する影響を緩和する役割を果たす必要がある。
その場合、いわゆる自動安定化装置を通じた悪影響の緩和につとめるべきであろう。裁量的に財政支出を増やしていく場合には、いたずらに債務を増やすことがないように財政中立的になるようにつとめるべきだ。
また物価を抑制するため(ガソリンやパンの価格を引き下げるための補助金などの)直接的手段はコストが大きく非効率的であることが判明しているため避けるべきだとも提言している。