トルコ経済は近年、インフレの高進、経常収支赤字の拡大、為替レートの下落圧力の増大などの苦境に陥っていた。そこに新型コロナウィルスの影響が加わり、経済悪化のペースが加速してきた。とくに資本流出等から通貨リラの下落を抑えようと為替市場への介入が続き外貨準備が払底してきた。
IMFによればトルコの実質GDP成長率は今年-5%と大きく落ち込む見通しだ。ちなみに、トルコは新型コロナウィルスの感染者数が23.8万人、死者数5,800人とサウジ、イランとほぼ並ぶ中東では最大規模の感染状況となっている。
政府・中銀は、新型コロナウィルスの感染第二波は生じないという前提で、本年下期には観光収入と輸出が回復して、外貨準備の減少には歯止めがかかるとの見方を示している。
トルコの主要産業のひとつである観光産業は新型コロナウィルスの感染拡大により壊滅的な打撃を受けた。この時期、欧州からの観光客でにぎわう地中海沿岸では人影もまばらであった。トルコは毎年約4,500万人の海外観光客を受け入れる世界屈指の観光大国であり、昨年は3,450億ドルという観光収入を得た。しかし、2020年上期の入込観光客数は前年比75%の減少、とくに6月は96%の減少となった。
トルコの経常収支は慢性的な大幅赤字を記録してきた。今年1~5月の経常赤字は、旅行収支の大幅減収に加えて輸出も主力欧州諸国のロックダウンに伴う需要減退から4月、5月と前年比各々-42.4%、-43.5%となるなど、-167億ドルの大幅赤字となった。2020年中の経常赤字見通しは-300億ドル程度とGDP比4%に達するものとみられている。
海外の投資家は、高金利に魅かれて17~19年の3年間で249億ドル(ネット流入超額)という大量のトルコ・リラ建て債券を購入してきた。しかし、今年1~5月はトルコ経済の悪化とトルコ・リラの急落懸念から73億ドルの流出をみている。
海外資本が大量に逃避するなかで、トルコ中銀は為替市場での徹底したドル売り・リラ買いでリラの下落を阻止する構えをみせた。トルコ・リラの下落はインフレ率の増大や外貨建て債務の返済額増加につながるからだ。トルコ・リラは5月7日、一時7.2690リラ/ドルと史上最安値を更新した。しかし、その後、外為市場での取引制限と国営銀行を通じる数十億ドル規模のドル売り・リラ買いで小康を得ている。
トルコではコロナウィルスの感染が拡がる前から空前のクレジットブームが起きていたこともトルコ・リラにとって大きな不安材料だ。トルコ中銀では19年7月に前総裁が更迭されて、エルドアン大統領の意向に忠実なウィサル副総裁が就任した。同総裁はその後の一年間、9会合連続で累計15.75%の大幅利下げを実施してきた。民間銀行では企業といわず、個人といわず、積極的な貸出攻勢に出た。この結果、貸出増加率(5月)は年率24.1%と史上最高水準に達した。当然のことながら、消費、投資といった国内需要は拡大し、消費財・資本財の輸入が急増、経常収支の赤字幅を一段と拡大させる結果を招来した。
このような情勢の下で、一つの解決策は通貨を下落に任せることだ。通貨の減価は経済的なショックを吸収する役割を果たす。つまり通貨安は輸入製品を高くして輸出を競争力のあるものにするので経常赤字拡大のブレーキとなる。
しかし、トルコのエルドアン大統領は、トルコ・リラに投機売りを浴びせる「悪意に満ちた市場筋」に対して「コロナショックによるグローバル危機から敢然と身を守ってきたトルコを脅かす邪悪な存在」と罵倒を浴びせた。無理やりにも市場介入によってリラ相場の安定を志向してきた。一方で、通貨防衛に必要な緊縮策採用という市場原理を無視した利下げとクレジットバブルに対する海外投資家の反発には根強いものがあり、マイナスの実質金利と非整合的な政策面の対応が相まって国際的な資本はトルコから逃避していった。トルコの国内債市場では6月中旬に海外投資家の保有比率が4%にまで落ちた。ピークの2013年には28%であった。
短期的にはリラをコントロールする手段は働いてきた。年初来15%の下落というのは南アフリカのランドやブラジルのリアルといった比較対象となる通貨に比べて安定していたとさえいえる。
しかし、そのためのドル売り・リラ買い介入のコストは甚大である。このドル売り為替介入(ゴールドマンサックス社の試算では650億ドル)はただでさえ低水準の同国の外貨準備を大幅に減少させ、いまや930億ドルまで低下した。これには外貨準備積み増しを図った約500億ドルの対外借り入れを含むものである。930億ドルという水準は今後1年以内に期日の到来する外貨建て債務の半分程度しかカバーできない水準である。
トルコ中銀はリラ安定のためにトルコ国民が国内銀行に預けている外貨建て預金(総額2,300億ドル)から外貨を借り入れてドル売り・リラ買いの介入資金を調達している。ちなみにトルコではリラの継続的な下落から資産を守るため、国民の多くがドル、ユーロなどの外貨預金を保有し、総預金の51%が外貨預金である。この結果、外貨建ての債権から借り入れを差し引いた公的当局のネット保有外貨は、大幅なマイナスとなっていると推計される。
エルドアン政権の通貨政策は、経常収支が大幅な赤字を続けている中で、介入資金で外貨準備を大幅に減らしていること、徹底した金融緩和で経済に大量の低利資金を注入していることなど2年前、トルコ・リラがほぼ30%下落したときに採った戦略と同じである。リラの暴落はインフレの高進、過剰債務にあえぐ企業部門の経営を直撃して一段の景気後退をもたらすので何としてでも回避したいというのがエルドアン政権の一貫した考え方である。ちなみに政府、トルコ中銀は、トルコの民間銀行ならびに企業は今後12か月以内に返済期日を迎える1,700億ドルのロールオーバーに苦闘する、との市場の見方を否定している。
エルドアン政権はこの18年、政権の座にあって数々の幸運に見舞われてきた。もし、この幸運が続いていてコロナ感染が予想したより早く収束してグローバル経済がいち早く回復すれば、観光客と輸出の急速なリバウンドが実現して外貨準備が危機的水準に落ち込む前に増大する可能性も全くないではない。
しかし、アナリスト達はトルコの大統領と娘婿であるアルバイラク財務相は、彼らの幸運を破滅的な経済政策で台無しにしそうだと予想している。経常収支の大幅赤字と資本流出、為替下落という典型的な途上国危機への対処には、利下げでなく利上げが、また事実上のペッグ制にこだわらずに通貨の大幅切り下げを容認するのが王道である。しかしエルドアン大統領は「高い金利水準はインフレをもたらし、投機筋を呼び込むだけだ」と頑として利上げに賛意を示していない。観光収入と輸出が早急に回復するというシナリオが実現できなければ、トルコは将来におけるグローバル経済のショックに対してきわめて脆弱な位置に置かれるであろう。