トルコリラは、6月1日、一時1ドル=8.77リラと史上最安値を更新する急落を示した。
エルドアン大統領が1日のラジオ放送で「今日、中銀総裁に利下げを求めてきた。7月にも金利が低下し始める必要がある」と、これまでと同様に中銀の独立性を侵害する要請を行ったことを明らかにしたためだ。トルコリラは年初来14%も下落している。
エルドアン大統領は「高金利がインフレを招く」という経済学の常識を真っ向から否定する独特の経済哲学の持ち主で知られている。
エルドアン大統領は今年3月18日にアーバル中銀総裁がリラ防衛のために敢然と利上げを決定した直後の20日に総裁を罷免した。
後任総裁にはエルドアン氏の経済哲学を認めているカブジュオール氏を就けた。現に新総裁は、インフレ率が前年比17%にも達しているにもかかわらず、4月、5月と続けて決定会合で金利の据え置きを決定した。
この間に、エルドアン大統領はインフレ抑制と通貨防衛のために利上げを主張する第一副総裁、第二副総裁を3月30日、5月25日に次々と解任した。わずか3か月余りの間に正副総裁3人が解任されたことになる。
トルコ経済はコロナ感染の拡大に伴うロックダウン、インフレ高進、リラ下落という三重苦に見舞われてきた。しかし、5月31日に発表された今年第一四半期の実質GDPは前年比で7.0%、前期比年率でも7.1%と昨年第二四半期の前年比-10.3%の大幅なマイナス成長のあと、三期連続でプラス成長を記録した。
トルコではコロナ感染者の再拡大から昨年12月1日より本年3月1日まで夜間と週末に限り外出禁止措置が取られたが、平日昼間は外出できたため個人消費は堅調に推移した。また実質金利の大幅低下とリラ下落によって企業の設備投資や輸出が高い伸びを示したことが7%成長につながった。
しかし、新型コロナの新規感染者急増を受けて4月29日から5月17日まで全面的なロックダウンが実施された。一方でトルコでは中国の「ワクチン外交」に乗る形で、ワクチン接種率(少なくとも1回は接種を受けた人の比率)は約20%(世界平均は10.8%)とかなりの水準に達している。
中国製ワクチンの効能に関してはチリ、ブラジルなど中南米諸国で一部疑念が持たれている。しかし、トルコも含めて経済にとってはプラスの方向性を持っているはずだ。
第二四半期のGDPは昨年同期が最も深い谷であったというベース効果から前年比でみてプラス成長することは確実であろう。しかし、4、5月のロックダウンと食料品を中心とした日常物資の価格急騰の影響から前期比でみた成長率は大幅に鈍化することになろう。
エルドアン大統領が次々と中銀幹部の首をすげ替えたうえ、公然と利下げを要求する姿勢をみて海外投資家の不信は広がっており、インフレの高進とリラの下落は止まるところを知らない。トルコ国債の格付けはすでにB+とジャンク債の扱いであり、外資流入が一段と慎重になるだろう。
さらに米国のバイデン大統領が4月に「オスマン帝国時代のアルメニア人150万人に対するジェノサイド(大虐殺)を認定する」とエルドアン大統領に電話で伝えた。
これにエルドアン大統領は「NATOの僚友たるトルコを侮辱した」と激しく反発してみせて欧米当局との対立が深まっている。このため欧米の投資家がトルコ向け投資を一段と見送る動きにつながるものとみられる。
また米国のFRBが利上げや量的緩和の削減に慎重なため、新興国通貨はおおむね安定を保ってきた。しかし、トルコリラはその埒外にあると言えよう。