ウクライナへの全面侵攻以降、ロシア経済の悪化が伝えられている。昨年(2021年)は新型コロナ感染からの立ち直りや石油価格の上昇などから+4.7%の高い実質成長を遂げた。しかし、今年(2022年)のロシアの成長率はIMFが-8.5%、ロシア経済省で-7.8%、さらに-10%を越えるマイナス成長すら予測されている。
ロシアが2月24日にウクライナに侵攻して以来、西側諸国による経済制裁-外貨資産の凍結、石油・ガスの輸入削減等-や膨大な戦費の調達などから経済活動の低下や財政ポジションの悪化が伝えられている。
ロシアのGDPで大きなシェアを占めるのは個人消費で約50%だが、次いで輸出が31%と他の需要コンポーネントに比べて頭抜けて大きい。これはロシアがエネルギー資源大国で石油が世界第三位、天然ガスが世界第二位の生産量を誇るためだ。輸出でみても石油・ガス輸出のシェアが全体の輸出の5割と圧倒的に高い。
ウクライナへの侵攻以降、主力の石油・天然ガス輸出は、EUの段階的な依存低減やガス料金のルーブル払い要求などから減少するものとみられていた。しかし、足許(あしもと)では3月の生産量が日量1,100万バーレル、4月が同1,000万バーレルとほとんど変わっていない。
これは中国、インドなどが輸入を急増させていることが大きい。中国は4月にはロシア産石油・同製品を日量190万バーレルと過去最高、中国の需要の16%にあたる水準まで引き上げている。インドも4月には日量28万バーレルとそれまでの4倍の水準に引き上げている。価格面では安値販売でさばいているとみられるが、100ドルを越えるスポット価格でみれば、従来に比べてかなりの高価格販売となっていよう。
中長期的には供給量が伸び悩むものとみられる。ウクライナでの戦争によって主要エネルギー企業がロシア事業の撤退を表明しているからだ。BPがロスネフチの全株式売却(225億ドルの損失を計上)、シェルがサハリン2、エクソンがサハリン1からの撤退を相次いで発表している。
個人消費も先行きに期待はできない。まず物価が高騰を続けていて実質所得が低下の一途をたどっている。4~5月の消費者物価指数(CPI)はともに前年比+17%を超える大幅上昇となった。とくにルーブルの急落や対露制裁に伴う品不足もあって食料品価格が上昇して一般国民の生活を直撃している。
雇用面では新型コロナ感染の拡大でじりじりと上昇していた失業率は22年3月には4.1%まで低下した。しかし、モスクワ市長が「外国企業の撤退によって今後20万人が失業する」と発表している。実質所得の低下と雇用の悪化によって個人消費の先行きには暗い影が差している。
国際収支面では21年の経常黒字は過去最高の1,220億ドルに達した。資源価格の高騰で輸出が急増したためだ。22年に入ってからも第一四半期の経常黒字は582億ドルと前年同期の2.5倍の水準である。
輸出が引き続き資源価格の高止まりで高水準となった一方、3月の対露制裁や西側企業の撤退などで輸入が伸び悩み、貿易黒字が拡大したためである。西側諸国が資源輸出の増加が戦費調達につながるとして制裁を強化していくことになれば輸出、輸入とも縮小均衡をたどろう。
このような物価上昇、景気悪化見通しの中で財政金融政策はどう動いているのであろうか。
まず金融政策を見ると、食料品価格の高騰などからインフレが亢進する中でロシア中銀は21年に7回の利上げを敢行した。さらに22年2月にはウクライナ侵攻の開始とともに対露経済制裁が発動された。
ルーブルが1ドル=120ルーブルまで急落する中、2月28日には一挙に10.5%の利上げを実施、政策金利は20%となった。その後、ロシア企業に対する輸出代金のルーブルへの強制転換命令や株式・債券取引の停止などから為替相場は持ち直して1ドル=65ルーブル台とウクライナ侵攻以前の水準に戻した。
このため、ロシア中銀は4~6月にかけて4次に亘る利下げを決定、政策金利水準は9.5%となった。為替水準が安定を続け、かつ物価も需要減少と為替安定から落ち着いてくれば、景気対策として、さらなる利下げに踏み切るものとみられる。
一方、財政面では、財政収支が20年にコロナ対策等で大幅な赤字に陥った後、21年の財政収支は5,200億ルーブルの黒字となった。歳入の3割を占める石油・ガス収入が増加したためだ。22年についてロシア財務省は財政黒字の大幅拡大を予想していたが、ウクライナ戦争での戦費増大に伴いその見通しは大きく外れることになりそうだ。モスクワからの新聞報道によれば、4月の国防支出は92億ドルと侵攻前の1月(同34億ドル)の3倍近い水準となっており、今後さらに増加しよう。
戦費調達は第一に欧州がどれほど石油・天然ガスを購入し続けるかに依存する。EUの中でもハンガリーのようにロシア産エネルギーの依存度が6割近い国ではEU全体としての削減に反対するところもあり足並みがそろわない可能性が高い。ドイツ、イタリアなどではパイプライン経由のロシア産天然ガスの依存度が大きい。したがって購入額は減るとしても皆減ということにはならない。
ロシアには石油収入の一部を積み立てている政府系ファンド「ナショナル・ウェルス・ファンド」があり、4月末の資産残高は1,550億ドルと巨額である。財政赤字となった場合には同基金からファイナンスしていた。しかし、外貨建て資産の凍結により、同基金の保有する外貨資産を外貨建て債務の返済に充てることが難しくなった。したがって財政赤字となった場合の資金繰りに苦慮することになろう。
西側諸国による経済制裁の実効性も先行きのロシア経済のカギを握る。金融面ではSWIFT(国際銀行間通信協会)からのロシア排除はロシアの銀行を通じた欧米企業との対外取引に対して大きな制約要因となろう。また前述のようにロシア中銀やソブリンウエルスファンドの資産凍結も対外資金調達も難しくして貿易や対外ファンディングに影響を及ぼそう。
貿易制裁面では最恵国待遇の取り消し、ハイテク製品の輸出禁止などが製造業の生産、輸出などに大きなダメージとなる。例えばロシアで自動車を組み立てる場合、半導体はほとんど輸入に頼っているため、エアバッグを装着できない車なども出ている様だ。
エネルギー関係の制裁では米国がエネルギー全般の新規輸入の禁止、英国が今年中にロシア産石油の輸入を終了する、等を発表した。EUでも22年中にロシア産天然ガスに輸入依存度を前年の2/3に引き下げる、27年までにロシア産の化石燃料への依存を脱却する、といった厳しい制裁を打ち出している。
欧米民間企業によるロシア事業の停止、撤退表明も相次いでいる。主要企業約1,000社が事業撤退・縮小を表明した。このような動きの背景には、多額の撤退コストがかかるものの、ロシアで活動していること自体が政治家や消費者の大きな反感を買って企業イメージの大幅ダウンにつながることを恐れているためだ。
前記の石油メジャーが代表例である。それ以外でも自動車メーカーのボルボがトラック生産、ダイムラーが合弁事業の凍結を発表した。アップル、エリクソン、ノキア等の通信機器メーカーが製品販売の中止を発表した。カールスバーグ、ハイネケンなどの大手ビール会社のほか、外資進出の象徴であったコカ・コーラやスターバックスも事業撤退を発表した。
もちろん制裁の有効性は必ずしも保証されるものではない。EUのロシア産エネルギーの削減はフォン・デア・ライエン欧州委員長が発表したように綺麗にはいかないであろう。さらに西側諸国が結束しても世界第2位、第6位の経済規模を誇る中国、インドに加えてやブラジル、南ア、メキシコ、インドネシアなどの経済大国を加えなければ実効が上がらない。
ルーブル建て取引を条件とした天然ガス輸入も内実は外貨建てでも許容してEU企業の多くが輸入を続けていると言われる。
しかしながら、それでもロシア経済はウクライナ侵攻後の経済制裁と多大な戦費支出で疲弊してゆくであろう。22年~23年にかけてはマイナス成長となるのは間違いなかろう。もともと、ロシアは韓国を下回る経済規模であり、戦争長期化になれば経済力が持たない。
その点では太平洋戦争の時の日本と同じである。その事情が一番分かっているのはプーチン大統領であろう。だからこそ、経済力を反映する通常戦力ではNATOに見劣りするものの、核大国として核の使用すらほのめかしたのであろう。
内心では早期停戦を望むフランス、ドイツ、イタリア、ルーマニアの首脳がウクライナを訪問したのも欧州の決定的な崩壊を避けたいためであったのは明らかである。ただ、現時点ではウクライナ戦争がどういう決着になるのかは不透明なままである。